東京二期会「ナブッコ」 ~ これはアンダースタディか
2012/2/19

東京二期会のオペラ公演を聴くのは、いつ以来だろう。びわ湖ホールのプロデュースオペラや新国立劇場のオペラで、所属団体関係なしの適材適所でキャストが組まれるのに慣れていると、こういうスタイルの問題が目に付く。もちろん団体の力を結集して素晴らしい成果が得られることもあるが、この日の公演のように全く逆の目が出ることもある。新国立劇場が出来た頃のシーズンプログラム、二期会提携公演としたもので酷いのをいくつか聴いたことはあるが、これほど主な歌手の出来が悪いのは最近ではちょっと記憶にない。この「ナブッコ」は二期会60周年を記念する公演の一つらしいが、アンダースタディの人たちによる公演と言われたら納得するぐらいだ。

ナブッコ:上江隼人
 イズマエーレ:松村英行
 ザッカーリア:ジョン・ハオ
 アビガイッレ:板波利加
 フェネーナ:中島郁子
 アンナ:江口順子
 アブダッロ:塚田裕之
 ベルの司祭長:境信博
 合唱:二期会合唱団
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
 指揮:アンドレア・バッティストーニ
 演出:ダニエレ・アバド
 美術・衣裳:ルイージ・ペレーゴ
 照明:ヴァレリオ・アルフィエーリ

良いところはある。ナブッコを歌った上江隼人さんは全く知らない人だけど、堀内康雄さんを思わせる素晴らしいヴェルディ・バリトンだ。もう少し声にボリュームがあれば言うことなしなんだが、出演者の中で抜きんでていることは疑いない。長い旋律線を弛緩させず分断させず保つ力量は半端じゃない。他の歌手のディクションの酷さを聴くと、この人だけが別次元の言葉のクリアさとメリハリを持つのが目立つ。まだ若そうだし、これからがとても楽しみだ。

もうひとつ良いところはピットである。舞台の足を引っぱることのほうが多い東京フィルなのに、この日はどうしたことか。いつになく手抜きなしの真剣モードなのは、アンドレア・バッティストーニ、この若い指揮者の手腕なんだろう。ザッカリアのアリアなんてオーケストラのほうが歌っているのには驚きだ。舞台上のジョン・ハオという大きい声だけが取り柄の粗い歌とはえらい違いだ。ヴェルディの出世作の推進力を感じさせるピットには耳を奪うものがある。板波利加さんの音色も音程も不安定きわまる歌であっても、とにかくピットとしての仕事をきちんとするところは劇場の人か、見上げたものだ。時代を担うイタリアの若い指揮者なのかも。

コーラスもまずまず、有名な終幕のナンバー、あらかじめプログラミングされたようにアンコール、最初は舞台中央に密集してスポットライトの中で歌っていたのが、アンコールでは舞台いっぱいに拡散して。もちろん微妙な表情の違いがある。ここは聴かせどころだからずいぶんと練られた感じだ。休憩前の合唱ではかなり粗さもあったのに、決めるところはしっかりということか。

演出家のダニエレ・アバドという人は高名な指揮者の子どもらしいが、親の七光りということか、何の才気も感じられないこんな舞台は演出以前と言って差し支えない。巨大な壁がぐるっと回ったり、上層と下層に分かれたり、空いたスペースに人物が配置されて演技するでもなく突っ立って歌う場面がほとんど。オラトリオとして上演するのと差はない。それならば、こんなことに金を使うのはもったいない。演奏会形式として、ザッカーリアとアビガイッレを歌える人を呼んでくれば遙かに満足のいく公演になっただろうと思う。

でも、歌手たちの主導で生まれた二期会という組織にそれを望むのが無理というものだろう。日本のオペラが始まって半世紀経て生まれた二期会、それがもう60周年なのだから、三期会になっていてもおかしくない。近年は演出指向が目立ってきたが、世代交代の時期なのか、肝心の声楽のところで停滞感があるような気がする。元来、イタリアオペラは得意とする分野じゃないのは判っているので、今回のコメントは自分でも辛辣に過ぎるとは思うが、東京まで聴きに来て収穫はタイトルロールと指揮者だけというのではオペラを観たことにはならない。

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