びわ湖ホール「タンホイザー」 ~ 久方ぶりのオーソドックス
2012/3/11

初日に行くか二日目にするか迷った公演、というか、チケットも手当てせずに直前になって出物を探すというずぼらさ。それでもちゃんと最安席が手に入る。世の中、ずいぶん便利なものである。

ヘルマン:大澤建
 エリーザベト:佐々木典子
 タンホイザー:水口聡
 ヴォルフラム:大島幾雄
 ヴァルター:岡田尚之
 ハインリヒ:大野光彦
 ビテロルフ:加賀清孝
 ラインマル:鹿野由之
 ヴェーヌス:並河寿美
 牧童:福永修子
 合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル、二期会合唱団
 指揮:沼尻竜典
 演出:ミヒャエル・ハンペ
 管弦楽:京都市交響楽団

このホールのプロデュースオペラ、最近はいつもそうなのだがプログラム(無料)が充実している。タンホイザーに関する学者の論考が並ぶ。それぞれ興味深いが、編集にもう一工夫あってもいいかなと思う。どのような依頼の仕方なのか知る由もないが、編集者としては誰にどんなテーマを振るかというのはとても大事だ。彼らを使いこなすのではなく、執筆者任せでは合体としてのプログラムが単調になってしまう。なかなか先生方に注文を付けにくい事情はあると思うが、このあたり、びわ湖ホールの事務局の課題だろう。冒頭の東条碩夫氏の『「タンホイザー」を初めて観る方のために』という一文が、そのあとに続く数多くの論考と一人でバランスを取っているのが面白い。なんだか因習に縛られた騎士たちと反逆児タンホイザーを思わせる。凝り固まった観念的な世界と自由で感覚的な世界の対置、演奏されることが稀であった時代から、普通に接することの出来る時代になったのに、書かれるものの世界はあまり変わってはいない。どうしてワーグナーだと重箱の隅をつつくような考察が幅をきかせてしまうんだろう。学究的に、オペラを、台本を分析するのも重要だが、鳴り響く音楽なのだから、それをどう感じるかは個人の感性に多くを負うべきだ。この作曲家をことさら難しく考え特別視する時代は終わっている。作品の演奏史や演出史など、これだけ同じようなコンテンツを並べる一方で、当然あっていいはずのものが欠落している。

とまあ、帰りの電車で読んだプログラムに難癖を付けたが、今日の上演自体は私は結構満足できた。序曲を聴いたときには、これから先が思い遣られるほどのつまらなさだったのに、幕が開いて途端に緊密な演奏になったのが摩訶不思議。どういうことなんだろう。あの序曲の停滞感、アマチュアのオーケストラかと思うほどの自信のなさ、おっかなびっくり振りが、声が入った途端に吹っ切れたんだろうか。

歌手は全員が万全ということではなかったし、部分部分では疵もあったけど、今日の演奏には何故か求心力があるのだ。それぞれの人たちの意欲が繋がり、それが伝わってくるのは気持ちがいい。

並河寿美さんが出るので初日じゃなくてこの日にした私、期待に違わぬ歌唱というところだろう。どんどん領域が広がっている人だから、新しい役は聴き逃せない。開幕の二重唱ではタイトルロールとの差が顕著だ。ソプラノとテノールが歌えば女声は何を言っているのか判らないのが普通なのに逆だ。

水口聡さんはディクションの甘さがイタリアものだと我慢できないので聴くのを避けている人だが、それはドイツ語でも同傾向とは言えまだ聴ける。歌いづめに近い役だし大健闘と言っていいかも知れない。しかしながら、幕が進むとともにこの人にだけプロンプターの声がどんどん大きく頻繁になるのは今ひとつ、プロとしてはちょっと恥ずかしいことだ。

エリーザベトの佐々木典子さんは登場のアリアがやや期待はずれ。少し声に衰えが出ているのかと思ったが、その後の歌は流石の水準だったから、この第二幕冒頭だけが残念だ。ここの歌、エリーザベトの心境を表す輝かしさに欠けたのが何とも惜しい。ただ、これだけを歌うなら若くて勢いのある人は他にもいると思うが、演技面も含めてオペラを通して高水準で歌いきるという点はベテランならではだと思う。

男声陣は図抜けた歌唱の人はいないなりにも、アンサンブルはしっかりしていたし、それぞれがドラマを進めていくという感じがあるのは好ましい印象だ。序曲だけを聴くとどうなることかと思った沼尻竜典さんの指揮の貢献度が高いということかも。脇役では牧童役の福永修子さんがとてもいい感じだ。

今どきの読み替え演出に慣れていると、ミヒャエル・ハンペの舞台は拍子抜けするほどオーソドックスだ。あまりにト書きどおりなので返って面食らう気さえする。でも綺麗な舞台だし、第一幕途中のヴェーヌスブルクからの転換は見事なものだ。一瞬の暗転の後、びわ湖ホールにほど近い金勝アルプス(これは地元の人にしか判らないか)の山上を連想するような光景に変わる。確かにこういう演出だと気が散らないというメリットはある。出演者の出来が悪いのを救う演出もなくはないが、それは稀なケースだ。プログラムには難しいことがいっぱい書いてある反面、東条氏の聴きどころ案内とハンペの舞台、そしてピットと舞台で多くの観客は満足できたのではないだろうか。

偶然のことなのかどうか、両巨人の記念の年の前年となる2012、「ナブッコ」、「タンホイザー」、「マクベス」、「さまよえるオランダ人」とひと月の間に立て続けに聴く。それぞれの大傑作に繋がる作品が集中する。そして、生誕200年の来年には重量級の演目が並ぶはず。昨年は震災でガタガタになったオペラ公演、いまこそ復興を牽引してほしいものだ。

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