愛知芸術文化センター「マクベス」 ~ シーズン前に名古屋詣
2012/3/17

プロ野球の開幕ももうすぐ、去年は何度かナゴヤドームに足を運んだが、今年はどうなるだろう。落合監督が作りあげた強いチーム、薫陶を受けた選手たちが緩まなければ心配はないと思う一方で、顔ぶれもだいぶ変わったから読みづらい。まあ、判らないのも楽しみの一つではある。と、野球より一足早く名古屋のオペラだ。こちらもドラゴンズと同様、予想できる部分とできない部分があって、聴いてみないと判らない状態で臨んだ。良い目が出て、片道2時間、近鉄特急で駆けつけた甲斐があった。。

マクベス:堀内康雄(バリトン)
 マクベス夫人:田口智子(ソプラノ)
 バンクォー:ジョン・ハオ(バス)
 マクダフ:又吉秀樹(テノール)
 マルコム:塚田裕之(テノール)
 侍女:天野久美(ソプラノ)
 医者:安田旺司(バリトン)
 AC合唱団(合唱指揮:大川修司)
 名古屋フィルハーモニー交響楽団
 指揮:時任康文

堀内康雄さんのマクベスを聴くだけで充分に価値があるのは予想の範囲だ。いや、予想よりも素晴らしい。今の堀内さんの歌には無駄な力が全く入っていない。だから些かもヴェルディのメロディラインが崩れることはなく、終始一貫して耳に心地よい、すなわちベルカント。

この人、最近はフィガロも歌ったりするので、きっとそれが良い方向に作用していると思う。軽さとしなやかさを身につけることで引き出しが増えた。元々得意とするヴェルディ、緩急強弱の呼吸が絶妙のレベルに引き上げられている。間違いなく世界のトップクラスに到達した歌唱であり、来日オペラや新国立劇場あたりのキャストに混じる凡庸なバリトンとはどだい次元が違う。

マクベスはタイトルロールで出番も多い反面、目立ったアリアもない。しかし、彼が歌うと間違いなく主役、国王殺害の場面の夫人との不気味なデュエット、宴席での取り乱しの場面や魔女たちとの対話の場面のようなモノローグ、随所でここが聴きどろろなのかと改めて気づかせるような歌だ。

時任康文さん指揮の名古屋フィルハーモニー交響楽団の演奏は特筆ものだ。このオーケストラを聴く機会は多くないが、こんなに良かったっけと驚く。短い前奏曲から引き込まれる。一点一画をゆるがせにしないがっちりとした演奏、音の端々がぴたっと決まって表情も豊かだ。新国立劇場のピットで聴く東京フィルのルーチン的でぞんざいな音とは格段の違い。そして一回の休憩を挟んだ全四幕で集中力が持続するのが素晴らしい。もちろん、舞台上でライトに照らされていること、オーケストラ前面に並ぶ歌手との距離が近いことなど、演奏会形式ならではの要素はあるだろう。しかし、それらを措いても「マクベス」に本気で取り組む意気込みが個々の奏者から伝わってくる。それはとても気持ちがいい。私の聴いた場所が二階バルコニー後方という、値段は安いが音は抜群という位置のせいもあるが、各パートの音のクリアさとバランスの良さは時任さんの手腕だと思う。奇を衒わずあくまでオーソドックス、そしてツボを外すことはない。後でプログラムに書かれた彼のキャリアを見てなるほどと納得した。ヨーロッパ、アメリカでネッロ・サンティに師事しアシスタントを務めたとある。そうだ、チューリッヒやニューヨークで何度も聴いたあの巨体のマエストロが創り出す音楽と通じるものが確かにある。

実質的なメインロールであるマクベス夫人、田口智子さんはプログラムの紹介にベルキー在住とあるのでこれまで聴いたことはないはず。彼女の出来も悪くない。ただ、この人はリリコかリリコ・スピントだろう。この役を歌うことの多いドラマティコ・ダジリタの声質ではない。コロラトゥーラの部分は全く問題なくこなす反面、最初の手紙のアリアなどにある一気に高音まで駆け上がったときの最高点での声の厚みには不足する。二番目のアリア「日の光が薄らいで」のほうがずっといい。まだ若い人のようだからこれからの伸びしろはあると思う。

バンクォーのジョン・ハオさんは「イリス」のときに父親役で聴いている。いくぶん力みを感じるところもあるが立派な声である。マクダフの又吉秀樹さん、マルコムの塚田裕之さんの両テノールも堅調である。こうして見ると、堀内マクベスの一枚看板の公演かと思ったのは誤解、きちんとキャストがそろっている。

さらにコーラスの準備が半端じゃない。マクベスは魔女たちなど女声のウエイトの高いオペラだし、とても難しそうな音楽なのに、これは立派なものである。この時代のヴェルディは何と言ってもコーラスの出来不出来で上演の印象が左右される。バレエ音楽は演奏会形式なのでカット、14時開演で17時には終了、3階にはかなり空席もあったコンサートホールだが、カーテンコールはなかなかの盛り上がりをみせた。

今回の「マクベス」、The Three by Oneという3回シリーズの企画の掉尾である。「シェイクスピアとオペラ」、「オペラと魔女」というタイトルのリサイタルがオペラ公演に先立って行われている。服部容子さんというコレペティトゥアの人がナビゲーター、ピアノ伴奏として関わっている。前二回に登場した歌手はオペラ公演とは別だが、コーラスは二回目にも出ている。オペラ公演に繋ぐテーマ、コンセプトをもってじっくり進めてきた成果がこの日の演奏に表れている。12球団一のハードなキャンプで有名だった落合ドラゴンズと同じ、練習は絶対に裏切らない。

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