佐渡オペラ「トスカ」 ~ 困ったとき、ではなく
2012/7/20

困ったときのトスカ頼みという言われ方をすることがある。集客は見込めるし、主役3人を集めればいいし、コーラスは早く帰れるしと良いことずくめ、それがオペラハウスの穴埋め演目として多用される理由らしい。しかし、ここ西宮では年に一度のプロデュースオペラ、手抜きということにはならない。主役3人をはじめ舞台スタッフも海外から招き、しっかりと準備しての本番ということになる。8回公演でチケットはほぼ完売、私はいつものように直前に最安席をネットでゲット、日本人キャストの初日を観た。

トスカ:並河寿美
 カヴァラドッシ:福井敬
 スカルピア男爵:斉木健詞
 アンジェロッティ:大沼徹
 スポレッタ:西村悟
 堂守:森雅史
 シャルローネ:町英和
 看守:大山大輔
 牧童:牧野晶哉
 ひょうごプロデュースオペラ合唱団
 オープニング記念第9合唱団
 ひょうごプロデュースオペラ児童合唱団
 兵庫芸術文化センター管弦楽団
 指揮:佐渡裕
 演出:ダニエレ・アバド
 演出補:ボリス・ステッカ
 装置・衣裳デザイン:ルイジ・ペレゴ
 照明デザイン:ヴァレリオ・アルフィエリ
 映像デザイン:ルーカ・スカルツェッラ

演出にダニエレ・アバドの名前を見たとき、また凡庸な舞台を見せられることになるのではと嫌な予感がした。あの二期会の「ナブッコ」の演出をした人だ。この人、奇天烈なことをやるわけではないし、シンプルでオーソドックスな舞台だと思うが、まるで才気が感じられないのが問題なのだ。高名な指揮者の子息ということではコンヴィチュニーと同じ境遇なのに呆れるほどの違いがある。

第1幕の幕切れ、舞台の後部にヴァチカンのスイス人傭兵とも見える儀仗兵が並ぶのは奇異な感じだ。ミケランジェロのデザインだという派手なコスチュームを纏う姿は賑やかだけど、彼らは西暦1800年のこのとき、サンピエトロを離れサンタンドレア・デッラ・ヴァッレまで出張ったのだろうか。そうすると舞台中央に現れたのは教皇ということになるが、スカルピアが画家の上っていた壇上から見下ろすようなことでいいのだろうか。確か、台本では枢機卿のはずだが。こうなると、京都ならどこでも舞妓というような安易な発想のように思えてならない。

第2幕でもシンプルな装置ゆえに効果が殺がれている部分がある。逮捕されたカヴァラドッシがスカルピアの前に引きたてられてきたあと、フアルネーゼ宮殿の階下からカンタータを歌うトスカの声が聞こえる。スカルピアが部下に窓を閉めさせることで、カンタータが突然に途切れ、警視総監の苛烈な尋問が始まるという箇所だ。音楽の雰囲気も一変する。ここでピシャリと窓を閉める舞台効果は絶大なものがある。ところが、この演出では窓がないことを補う工夫が何ら見られない。

第3幕、このシンプルな装置でトスカは最後にどうやって身投げするんだろうと気になっていたが、楕円の大道具が回って高くなったほうの向う側に落ちる手はずということが、バルコニーからは丸見えになる。四角いマットレスが敷かれている。そんなに落差がないからバウンドしたら喜劇になってしまうと心配だったが事なきを得た。ヒュー・ヴィカーズの本にはマットレスをトランポリンにすげ替えた悪戯の話があっただけに、妙なところで音楽への集中を邪魔する。

演出や舞台装置の悪口はスラスラと書けるほど演出チームには疑問だらけの一方、同じく海外から招いた客演プレイヤーの効果は顕著だ。もうプロデュースオペラも7年になるから、入れ替わりの激しいオーケストラといってもピットでの演奏はずいぶんとレベルが上がったし、舞台との呼吸のツボも心得てきている。そこに客演だけでなく卒業生も加わっているという構成も寄与しているのだろう。ゲストコンサートマスターとして、ステーファノ・ヴァニャレッリというトリノ王立歌劇場管弦楽団コンサートマスターの名前があった。

冒頭のスカルピアのテーマから締まった響きだったし、第3幕でのホルンの斉奏、クラリネットのソロ、チェロのアンサンブルと印象的な箇所が多い。もちろん佐渡さん自身が経験を積んできているのも見逃せない。意欲先行ではなく地に足が付いたというか、上演全体への目配りが身についてきている感じがする。

海外組の歌手を聴く予定がないので残念ながら比較はできないが、今回のメンバーはたぶん邦人キャストを組むときのベストに近い布陣だろうと思う。スカルピアの斉木健詞さんがどうかなあと気になっていたが、健闘と言っていい。第1幕ではやや一本調子の力ずくの歌唱という印象もあったが、ドラマの中心となる第2幕では押し一方ではなく引いてもみせるところが覗き、なかなかスタイリッシュな悪漢になっていた。冷酷な警視総監としての存在感もあり、抜擢に近い起用ではあったが、その任は果たしたと言えそう。

カヴァラドッシの福井敬さんはお馴染みである。初日ということもあり、結構飛ばしているという印象がある。声も良く出ていたし、高音にも不安がない。ただこの人の歌には好き嫌いが分かれる力みがあるので、そこのところをどう見るかだろう。輝かしいアクートの一方で、それに注力する反動でその周辺が薄くなる。舞台上演だから勢いに任せてというスタイルもありだが、音楽の流れが途切れることを良しとしない私のような聴衆もいるだろう。

この福井さんの影響を受けたのかどうか定かでないが、第1幕での並河寿美さんのトスカは彼女の柔軟性が充分に発揮されていなかったような気がする。力を入れすぎる故か、両人の歌にはオーケストラが心持ち先行するようなところが多く、声がオーケストラを引っ張っていく、あるいは双方のインスパイアでヒートアップするような演奏でなかったのが残念。
 しかし、掛け合いが中心となる第2幕では本来の並河さんの良さが発揮された。場面場面での歌の表情の付け方、腹ばいになったまま歌う「歌に生き…」。トスカ役の最高の見せ場、聴かせどころが見事に決まっていた。この人、ゼンタ、イゾルデ、トゥーランドットのような過酷な役柄までこなす一方で、ドニゼッティもカバーする。アイーダやトスカあたりのリリコ・スピントが彼女のコアロールだと思うが、まだまだ活躍の範囲は広がりそうだ。
 他のキャストでは、アンジェロッティ役の大沼徹さん、牧童役の牧野晶哉さんが光った。

翌日、安いチケットを1枚しか入手できなかったので、カミサンが外国人キャストの2日目を聴く。西宮まで車で1時間、劇場の前で降ろしたあと、オペラが終わるまでの時間、六甲の山を越えて有馬温泉日帰り入浴に。山に向かった途端に突然の雷雨、もう少し降ったら通行規制になるのではないかと思うほど。公衆浴場である金の湯に駐車場から歩くのも躊躇うほどだ。河床に設けられたイベントのステージも流失寸前、六甲の鉄砲水は怖い。

それで、外人組であるが、カミサンの評価ではスカルピアがむちゃむちゃ存在感があって最高、トスカも良かったけど、カヴァラドッシはあかんというもの。佐渡さんの指揮、手の動きがとてもきれいというのは、女の眼なのか。確かに、以前のような無駄な動きが影を潜め、音楽とシンクロし出したのは事実だろう。それが、「綺麗」というコメントになるのだろう。

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