ウィーン国立歌劇場来日公演「アンナ・ボレーナ」 ~ DIVA有終!
2012/11/4

いよいよこれが最後になったヴルベローヴァの日本での舞台、11月4日は空いているかと聞かれ、他の日ならともかく、ちょっとこの日だけはと、二人の友人に不義理をして東京に向かう。ごめんなさい。東京文化会館を埋め尽くした人たちの中には、私同様の人が何人もいたことだろう。

アンナ・ボレーナ:エディタ・グルベローヴァ
 ジョヴァンナ・シーモア:ソニア・ガナッシ
 エンリーコ8世:ルカ・ピサローニ
 リッカルド・パーシー卿:シャルヴァ・ムケリア
 スメトン:エリザベス・クールマン
 ロシュフォール卿:ダン・ポール・ドゥミトレスク
 ハーヴェイ:カルロス・オスナ
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
 ウィーン国立歌劇場合唱団
 指揮:エヴェリーノ・ピド
 演出:エリック・ジェノヴェーゼ

来日公演3演目の最後でもあり、これが本当の千秋楽、「アンナ・ボレーナ」は3回公演で二度、三度と足を運んだ人も少なくない。遠来組としては最終公演の有終の美に賭けたわけで、リピーターに聞く限り、やはりこの日の出来映えは最高のものであったという。私は比較の見地での物言いはできないにしても、グルベローヴァ渾身の歌唱と演技といって差し支えないだろう。還暦を超えて久しいディーヴァ、この人のレパートリーでこの歳まで歌えること自体が奇跡なのに、盛りを過ぎた今も世界の最高水準であることは論を俟たない。大袈裟な表現になってしまうが、入神の境地とさえ言える。

特に素晴らしかったのは二つの幕のフィナーレ、第1幕のアンサンブル・フィナーレの求心力は鳥肌が立つ。もちろん、独り舞台となる幕切れの狂乱の場の凄まじさは筆舌に尽くしがたい。むかしリサイタルでこれを歌ったのと比べると、表現の振幅の度合いは比較にならないほどだ。ドニゼッティがこれほどドラマティックなのか、テクニックや表情付けなどというのとは別次元の鬼気迫る音楽に、満場が固唾をのむという感じだ。

グロベローヴァの歌唱は、信じがたいほどの完璧さと、それを楽々と歌っているように感じさせる驚異の混交が常だった。しかし、かつてはなかった音色のムラが聞こえたり、出来不出来を云々する余地が出てきたのも事実だろう。一方で、それを補って余りある役柄への没入があり、軽んじられがちなベルカント・オペラからドラマを引き出すという面での進境は著しい。聴いていて自然と背筋が伸び、居住まいを正すというのが、近年の接し方になっている。この東京文化会館の5階バルコニー後列であれば、後に気兼ねせず立ち上がって聴くというスタイルだ。日本での最後の舞台という特別な事情が歌うものと聴くものの双方にあり、普段にも増して非日常の時間が流れたわけだが、そんなことは措いたとしても滅多に接することのできない舞台体験であり、いつまでも記憶にとどまるに違いない。

今回の公演の立役者はグルベローヴァだけでなく、他のキャストとピットであったことも特筆できる。何よりもルカ・ピサローニ、非の打ち所のない素晴らしさだ。見事にコントロールされた力強い声、存在感の大きさ、エンリーコ8世という悪役を演じて余すところがない。他の役でも是非聴いてみたい今が盛りの歌い手だ。

昨年の「ロベルト・デヴェリュー」でも相手役を務めたソニア・ガナッシ、ご贔屓の歌手で楽しみにしていたのだが、第1幕の出だしでは不安定さがあり心配したけれど、後は持ち直して問題なし。水曜日の公演ではやや不安定だったグルベローヴァを牽引する歌唱だったとのことだが、この日は逆のかたちになったのか。メゾソプラノの相手役といえばかつてはヴッセリーナ・カサロヴァというパターンが続いたが、その人はもはや見る影も無い過去の人になったのを見るにつけても女王の健在ぶりが驚きである。

そして、スメトン役のエリザベス・クールマンがいい。低めのメゾソプラノで、ムラのない声が素晴らしい。この人、2009年1月、新国立劇場の「こうもり」のオルロフスキー公爵だったことを後から知った。「独特の声でユニークというか、ちょっと異様というか。切れ味の鋭いシャープな声で、とても印象的」というのがそのときの私のコメント(自分で書いていて忘れている)。また、容貌も宝塚の男役トップみたいともあるので、こういうズボン役には打ってつけの人だと思う。主役ではないにせよドラマの中では重要な役だけに、まさに適材を配したというところか。

ハーヴェイ役のカルロス・オスナもしっかりした歌で存在感があったし、こうして見るとキャストが揃っている。その中で唯一の穴と言えるかも知れないのがリッカルド・パーシー卿のシャルヴァ・ムケリアだ。グルジアの人らしいが、テキストの意味を弁えて歌っているのかなという疑問が湧く。声はそれなりに出ていて、アンサンブルで凹むということはないのだが、この深刻なドラマの中で一人だけ脳天気な風に聞こえるのは異質だ。思慮深いとは言えない役柄だからそれでもいいという見方もあろうが。

そしてオーケストラだ。名だたる名門だけど年間300公演もピットに入るのだから、大概がルーチンである。現地で聴いた数少ない機会でも常に気合いの入った演奏かというと、逆のことが多かったように思う。それでも一定のレベルであるのは事実だけど。今回、グルベローヴァが主役のときのいつもの指揮者じゃないのが幸いしたのか、予想を上回る集中度だ。ウィーンを離れた海外公演の千秋楽、しかも特別な機会ということもあるのだろう。実力を引き出したエヴェリーノ・ピドの手腕を評価したい。例えば、第二幕の女声合唱の裏のオーケストラなど、手抜きされそうなところだが、すこぶる締まった演奏だ。

こうして見ると、周りが女王の引退(?)に花を添えたという感じになるが、視点を変えればこれまでありがちだったグルベローヴァが突出した公演でなく、図らずもオペラ全体としてバランスの取れた舞台が出現したということかも。初来日から32年だそうである。カーテンコールでは横断幕も登場し、15分もの間別れを惜しむ。

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