ソフィア国立歌劇場来日公演のダブルビル ~ (1/2+1/3)>1?
2012/11/10

もともと予定はしていなかったけれど、直前になってチケットを譲っていただいたので西宮へ。その方にしてみれば無駄になるよりマシだし、こちらとしても半額ならありがたい。大阪市内で無事受け渡しが完了、阪急で西宮北口に向かう。関西では今週・来週あたりが紅葉のピーク、芸術文化センターの広場もすっかり色づいている。

マスカーニ:「カヴァレリア・ルスティカーナ」
  サントゥッツァ:ゲルガーナ・ルセコヴァ
  トゥリッドゥ:コンスタディン・アンドレエフ
  アルフィオ:プラーメン・ディミトロフ
  ローラ:ブラゴヴェスタ・メッキ=ツヴェトコヴァ
  ルチア:リュミアナ・ペトロヴァ
  指揮:アレッサンドロ・サンジョルジ

 プッチーニ:「ジャンニ・スキッキ」
  ジャンニ・スキッキ:ウラディミール・サムソノフ
  ラウレッタ:小林沙羅
  リヌッチョ:ダニエル・オストレツォフ
  指揮:ウェリザール・ゲンチェフ

  管弦楽:ソフィア国立歌劇場管弦楽団
  合唱:ソフィア国立歌劇場合唱団
  演出:プラーメン・カルターロフ

ソフィア国立歌劇場の来日公演と言えば、ひと昔前ならゲーナ・ディミトローヴァなどのご当地出身の大物歌手を看板にしていたものだが、そういう人たちが西側(今もこんな言い方があるのかな)に去ってしまった後、邦人歌手を取り込んだスタイルに移行したようだ。そして、これもひと昔前なら、二つの演し物のウエイトが逆だったと思う。このマスカーニとプッチーニのダブルビルよりも「トスカ」のほうが確実に公演回数が多かったはず。こうしてみると、歌劇場の状況も日本国内のオペラファンの様子も随分と変化したものだ。ダブルビルが横須賀、富山、名古屋、西宮、千葉、盛岡、東京、福岡で8公演もあるのに、「トスカ」は川口、富士、水戸、東京のみ、そして後者は某団体がらみの事情も透けて見えそうだ。

さて、「カヴァレリア・ルスティカーナ」と「ジャンニ・スキッキ」という組み合わせはなかなか。暗と明、「道化師」と組み合わせたら陰惨な話の二本立てでげんなりしてしまうところが、喜劇のカタルシスで終わるのがいい。これは、あまりないダブルビルではないかと思う。二つ続けて観たら、良くも悪くもこの歌劇場の水準が判る。「カヴァレリア・ルスティカーナ」では歌い手たちの限界が目につく一方で、「ジャンニ・スキッキ」ではアンサンブルとしてのまとまりが好ましく感じられた。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」、サントゥッツァのゲルガーナ・ルセコヴァは横幅のボリュームは相当なものだが、声にそこまでの厚みはなく飛び抜けた個性は感じられない。でもまあ無難な出来ではある。トゥリッドゥのコンスタディン・アンドレエフはオテロにしても良いぐらいの声の大きさに驚くのだが、歌はかなり乱暴でオーケストラとずれてしまうところも散見する。演出のせいもあるだろうが意味なく舞台を動き回り過ぎなのも少なからず影響している。アルフィオのプラーメン・ディミトロフ、硬めの声で役柄には合っているのだが、強面一辺倒では音楽的とも言えない。ローラのブラゴヴェスタ・メッキ=ツヴェトコヴァは何故こんな人を起用するのか疑問に思うほどの悪声だし演技もあばずれ同然の品の無さだ(そういう部分を強調したのか)。

ただ一つ、ここの歌劇場の売りでもある男声合唱の力強さは印象に残る。とは言え、カラヤンがヴェルディのレクイエム録音の際にウィーンのコーラスに加えてソフィアから呼んだほどの水準が維持できているかとなると疑問符が付く。進境著しい新国立劇場のコーラスを聴いている耳にはそう聞こえる。

演出は凡庸だ。コーラスに訳のわからないラインダンスをさせたり足拍子というのには笑ってしまう。復活祭の行列にしても舞台をウロウロと時間をもてあまし気味だ。今どき、こんな演出はアマチュア団体ぐらいでしかお目にかからない。

そして「ジャンニ・スキッキ」、こちらも演出については意味不明のところが目立つ。時代設定がどうなっているのかさっぱり判らない。現代の服装で登場した人物たちが、遺言状書き換えの場面では昔の衣装に着替えるのはどういうつもりなんだろう。この演出家はやたらに人を動かす癖があるのかも。舞台中央には二階屋があり回転するようになっているが、装置の動き以上に歌い手たちが目まぐるしく駆け回る。まあ、こちらはドタバタ喜劇という内容だから、カヴァレリアほど違和感はない。

集団劇というスタイルなので、座付きの歌手たちによるアンサンブルは芝居としても様になっているのがいい。ジャンニ・スキッキのウラディミール・サムソノフ、リヌッチョのダニエル・オストレツォフはまずまずの水準だ。光彩を放ったのはラウレッタの小林沙羅さん。
 この人は昨年の佐渡オペラ「こうもり」のアデーレ役で登場した人で、西宮には縁があるのかも。アデーレも印象に残ったが、この人のラウレッタはとてもいい。決して日本公演の飾りということではない。日本公演を視野に現地で先に起用するというパターンはあるが、他のキャストと遜色ないどころか目立っている。日本人歌手のレベルがここまで来たということか。

ラウレッタ、負担は軽く注目度の高い美味しい役どころではあるが、それを措いても彼女のしっとりとした声で歌われる名アリアは説得力がある。この歌、魅力的な一方でドラマの進行をストップさせてしまうという難点があると思っていたが、プッチーニがインテルメッツォとしてここに置いたという意味が判るような気がした。
 彼女、情感のこもった歌と、お転婆娘という感じの動きとのアンマッチも可笑しい。椅子の上に立って懇願したあと、大股開きでジャンプして父親役に抱きついてストップ、これじゃジャンニもメロメロになって態度を一変、直前まで"Niente!"(ダメだ)の連呼だったのが、"Datemi il testamento!"(遺言状を持ってこい)となって後半の展開になるのに納得だ。小林さんの声はソロもよいが、アンサンブルで相手役の声にぴったりと寄り添う音色というのも優れた持ち味だ。

こういう喜劇だと台詞が多くなるから、聴く度に発見があって楽しい。ジャンニが"Vittoria! Vittoria!"と叫ぶところは自作のパロディみたいだし、スピネッロッチョという名前も胡散臭い藪医者がボローニャ大学(最古の大学、オペラの原作のダンテも在籍、医学部は著名)で学んだと自慢するあたりとか。きっとまだまだあるんだろう。長い休憩を挟んだ前半は今ひとつだったが、後半は結構楽しめたので、4000円、お得なオペラ鑑賞になった。

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