東京・春・音楽祭「マイスタージンガー」 ~ 極め付けがここに
2013/4/7

この人を措いてヴァルターはいないという歌手が登場するからには遠路足を運ばねばならぬ。いくら演奏会形式だからといっても3000円の料金は格安だ。交通費を考えるとタダみたいな感じがする。それでこの歌、耳の幸福。

ハンス・ザックス:アラン・ヘルド
 ポークナー:ギュンター・グロイスベック
 フォーゲルゲザング:木下紀章
 ナハティガル:山下浩司
 ベックメッサー:アドリアン・エレート
 コートナー:甲斐栄次郎
 ツォルン:大槻孝志
 アイスリンガー:土崎譲
 モーザー:片寄純也
 オルテル:大井哲也
 シュヴァルツ:畠山茂
 フォルツ:狩野賢一
 ヴァルター:クラウス・フロリアン・フォークト
 ダフィト:ヨルグ・シュナイダー
 エファ:アンナ・ガブラー
 マグダレーネ:ステラ・グリゴリアン
 夜警:ギュンター・グロイスベック
 合唱:東京オペラシンガーズ
 合唱指揮:トーマス・ラング、宮松重紀
 管弦楽:NHK交響楽団
 指揮:セバスティアン・ヴァイグレ

もうこの公演はクラウス・フロリアン・フォークトに尽きる。昨年、新国立劇場でローエングリンを歌った人、ワーグナーの主役テノールを歌う人には珍しいと言ってもいい、力を兼ね備えた明るく若々しい声。重い声のテノールにはない清々しさがローエングリンやヴァルターには打ってつけだ。彼が登場すると舞台上に生気が漲る感じ、居並ぶ歌手たちから一頭地抜けた次元の歌だ。2回公演の初日ではおばさま方の黄色い(?)声も飛んだと言うのも頷ける。あちらは平日、日曜の二日目はさすがにワグネリアンのオタク比率が高いようで、男性トイレの列も伸びる。

なんだか彼の歌だけ聴いていればそれでいいという公演も普段にはないこと。他の歌手が悪いわけではないけど、やや影が薄い。フォークトに呉す歌は、私の見るところポークナーのギュンター・グロイスベック、ベックメッサーのアドリアン・エレート、ダフィトのヨルグ・シュナイダーの3人というところ。まあ、このあたりのキャストが問題なければよし。ハンス・ザックスのアラン・ヘルドは終幕になって余計な力が入ってしまった印象、幕切れの大演説で大見得を切るところでは粗さも顔を覗かせた。最後の最後で一番輝かしい声を聴かせなければならないヴァルターともどもスタミナ配分が大変な役だ。

エファのアンナ・ガブラーには今ひとつ花がない。予定の歌手の代役という事情もあるとは思うが、男ばかりのオペラで存在感を発揮できる役柄だけに少々残念だ。ザックスとの二重唱ではもっと深みのある表現が可能だと思うのだが、その微妙な感情を伝えるには力不足かも。

オーケストラには問題がある。舞台の上に乗っているのに醒めたルーチンという風情が漂う場面が多くてあまり盛り上がらない。セバスティアン・ヴァイグレという指揮者の力量も関係するのだろうが、高給取りの集団ゆえの公務員的な演奏という印象がつきまとう。定期演奏会なら三回分ぐらいをいっぺんに奏するわけだから、安全運転に心がけるという気持ちはわかるけど、生ものとしてのオペラなんだからもっと活きのいいところを見せてほしい。さすがにフォークトの場面ではインスパイアされているフシが見受けられたが。

前夜、二つ玉の爆弾低気圧が日本列島を通過し、台風並みの風があちこちで吹いた。私は直接の影響は受けなかったものの、交通機関のダイヤは相当に乱れた。それで開演時間は10分繰り下げとなり、休憩2回を含む5時間30分の上演時間は後にずれ込んだ。21:00の新幹線に乗らなければならない私は事情を話して通路脇の席の方と場所を交替してもらい、幕切れ寸前で天井桟敷を抜ける。階段を下りながらホールの中からマイスタージンガーのテーマが大きく鳴り響くのを聴いた。ホワイエに着いたのと大拍手が巻き起こったのが同時、ホールを駆け出るご同輩の姿も何人か。予定どおりなら悠々と東京文化会館を後にしたところなのに、罪作りな開演時間の繰り下げだった。あれで間に合った人もいたのだろうから野暮は言いたくないにしても…

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