関西歌劇団「仮面舞踏会」 ~ 藤田卓也ふただび
2013/6/30

助成金不正受給事件のずっと前から関西歌劇団の公演はスルーしてきたので、何時以来のことか思い出せないほどだ。この公演にしても、たまたま目にしたチラシに、リッカルド役の藤田卓也(客演)の文字を発見しなければ出向くことはなかっただろう。これも巡り合わせ、2年前の9月、「ファヴォリータ」で度肝を抜かれたあのテノールが歌う。

リッカルド:藤田卓也
 レナート:桝貴志
 アメーリア:佐川康子
 ウルリカ:西原綾子
 オスカル:森屋結
 シルヴァーノ:和田一人
 サムエル:堀保司
 トム:畑奨
 判事:池田真己
 合唱:関西歌劇団合唱部
 管弦楽:ザ・カレッジオペラハウス管弦楽団
 合唱指揮:岩城拓也
 指揮:柴田真郁
 演出:粟國淳

「仮面舞踏会」は大好きなオペラだ。私は「ドン・カルロス」がヴェルディの最高傑作だと思っているが、それに比肩するのがこれだと思う。人間味があって情熱的、しかも理性の勝ったテノール役なんて滅多にないが、リッカルドあるいはグスターヴォ三世は、その稀有なキャラクターだ。題名役ではなくてもテノールが主役であるのは明白、たとえソプラノにもバリトンにも二つずつアリアがあてがわれているにしても。オスカルとウルリカというユニークなキャラクターの配置も憎い。悪役どもの嘲笑も見事に音楽化されているし、器楽的なテイストも加わった各幕のアンサンブルフィナーレはどれも秀逸だ。緩まない緊密な台本、音楽の多彩さとバランスの妙、大傑作の名に恥じない作品だと思う。初めて観たのは、テレビ放映で、カルロ・ベルゴンツィとアントニエッタ・ステッラが歌った1967年のNHKイタリアオペラ公演だった。そう、そのときの4演目には「ドン・カルロ」もラインアップされていた。

悪役コンビの片割れが酷いレベルだったのはさておき、主役以外は期待していなかったのに、それぞれ予想を上回る出来映えだ。レナートを歌った桝貴志さんも客演とあるから、団員以外からの起用、それだけのことはあるカンタービレの美しさと口跡の良さがある。歌いぶりは東京の二期会で出演している上江隼人さんのイメージに近い。もう少しパワーがあってもと思うが、今のままでも悪くない。惜しむらくはアリアの最後の音を気張ってしまうのが、それまでの歌の好印象を傷つけることだ。あんなふうに力む必要など何もない。考え違いを改めるべきだ。

声楽的な色合いのコントラストの妙である女声3人、いずれも好演だが、アメーリアの佐川康子さんにはヴェルディのヒロインの声の厚みがもう少しほしい。ウルリカの西原綾子さんも同様だけど、この役はアズチェーナのようなおどろおどろしい役ではないし、コミカルで軽い表現も可能なだけに適否は微妙なところ。オスカルの森屋結さんはキレやシャープさが加わったら申し分ないところか。

さて、お目当てリッカルドの藤田卓也さん。前回は「ファヴォリータ」のフェルナンド役で見事な高音を聴かせ大喝采、ヴェルディならマントヴァ公爵かアルフレード、そしてこのリッカルドが限界の役ではなかろうか。アルフレード・クラウスのレパートリーに重なると思う。フランスものにも適性があるように感じる。それで、今回のリッカルドも悪くない。第1幕第2場の漁師に扮装したシーンの立て続けの歌は彼の良いところが遺憾なく発揮されていた。軽やかな運動性が身上のナンバーでの歌い回しと、苦もなく出る高音、こここを見事にこなせるテノールは少ない。

この場面に比べると第1幕第1場と第3幕第1場に置かれたアリアはややスピントがかったものだけに、彼にはチャレンジングでもある。前者では幕開き早々ということもあってか、声域の移行部で声が引っ込みがちなところが気になった(「ファヴォリータ」のときも感じた)が、後者では全くその気配はなかった。そして後者はノーブルでいて情熱的である。続く、幕切れの舞踏会シーン、レナートの手に掛かり息絶えるまでの気品のある表現は、この役柄がボストン総督ではなくスウェーデン国王として書かれたことを思い出させるものだ。

前週、いずみホールで意味不明の演出を見せられた粟國淳さん、今回は本格的な舞台で、きちんとした装置付ということもあり、とてもノーマルなもの。シンプルな造りの舞台で、終幕の舞踏会のシーンで一気に華やぐという変化もいい。プログラムを見ると、最近のびわ湖ホールのプロデュースオペラでお馴染みのアレッサンドロ・チャンマルーギが装置・衣装を担当している。この人の作る衣装は華やかでありながら、それらが暗清色で統一されていることで不思議な落ち着きを舞台に与える。

前週もザ・カレッジオペラハウス管弦楽団だったが、指揮者は柴田真郁という若い人だ。海外のオペラハウスでの叩き上げからキャリアを積んでいる人のようだ。歌手のほうをしっかり向きながら鳴らすツボも押さえる。こういう人がどんどん増えてくるとピットの水準も上がって行くだろう。

オペラ上演中に雨が降ったようだが、はねる頃にはあがっていた。阪急千里線吹田駅の北改札口を出たところがメイシアターの入口、傘がなくても何とかなるが、奈良の人間が吹田まで来るのは大変だ。次のオペラも阪急沿線、今度は神戸線西宮北口駅、恒例、夏の佐渡オペラだ。

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