佐渡オペラ「セヴィリアの理髪師」 ~ 大衆路線の功罪
2013/7/14

「セビリャの理髪師」という表記からして明確なポリシーが伝わってくる。そして日本語上演。なんで今どきという感なきにしもあらずだが、今年の佐渡オペラは西宮の8回公演(これだけでも凄い、往年の労音みたい)のあと、兵庫県下の巡業が組まれている。篠山、洲本、姫路、豊岡の四ヶ所、オペラなんぞ縁もなかった田舎で公演を打つというのはこのシリーズの新基軸だ。お高くとまっているのではなく、来場者の水準に降りていく。それはそれで立派な姿勢だが、安易な迎合と紙一重の危険もある。その評価はあくまで上演水準で下すしかないだろう。

アルマヴィーヴァ伯爵:鈴木准
 フィガロ:高田智宏
 ロジーナ:林美智子
 バルトロ:久保和範
 バジリオ:ジョン・ハオ
 フィオレッロ/アンブロージョ:晴雅彦
 ベルタ:谷口睦美
 合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団
 管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団
 チェンバロ:森島英子
 合唱指揮:矢澤定明
 指揮:佐渡裕
 演出:飯塚励生
 装置:イタロ・グラッシ
 衣裳:スティーヴ・アルメリーギ
 照明:マルコ・フィリベック

ダブルキャストA組の二日目、日曜日ということでチケットは完売、毎年のことだが動員力は大したものだ。音楽監督の知名度・人気、充実したキャスト、低価格、組織的プロモーションと要因はいくつもあるが、これらの相乗効果で聴衆を発掘し育てているのは間違いなかろう。オープンの頃に比べると客席のマナーも良くなっている。連動してプログラムの注意事項のスペースは小さくなっている。

開幕前に音楽監督が舞台に立つ、これまでのプロデュースオペラにはなかったことだ。その趣旨は今回の公演を日本語上演にしたことの説明である。彼がむかし関西のオペラのピットに入っていた頃は何でも日本語上演、今は字幕が当たり前になったのに昔に戻すのはお話の面白さを直接的に味わってほしいから云々。どうなんだろう、支配人が主役の何某は風邪気味だけど精一杯務めますという、ありがちなアナウンスに似ている。

確かに、掛け合いの部分での台詞がダイレクトに客席に伝わり、即時の反応があるのはメリットだろう。その一方で無理に当てはめた日本語がメロディラインを崩すというデメリットは大きい。イタリア語のアクセントやピッチに合わせて音符を書いたロッシーニの音楽を殺す箇所が枚挙に暇がない。例えば、フィガロの「何でも屋のアリア」、繰り返す"di qualità"、最終音節のアクセントに合わせたメロディが、日本語だとどう置き換えても様にならない。ロジーナの「いまの歌声」の曲想・感情の変節点となる"ma"、これを一音節の日本語に上手く当てはめることができないので、曲の流れを台無しにしている。どうせ字幕を付けているのだから、原語上演のほうがよほど楽しめる。こんな批判が当然に出るとこを予想しての佐渡さんのプレトークだったんだろう。

この日本語の歌詞で一番苦労していたのは林美智子さんだろう。アリアの流れが滞るし、もともとの音ではないから転がすのに苦労する。歌自体は悪くはないのに気の毒な感じがしてならない。アルマヴィーヴァ、フィガロの男声二人はこの条件で健闘していたと思う。鈴木准さんのリリックでいながら一本筋の通ったアルマヴィーヴァ、高田智宏さんのバイタリティ溢れるフィガロ、どちらも原語ならもっと引き立つところだったろう。

ずいぶん昔、改築前の大阪フェスティバルホールで観たベルリン国立歌劇場の来日公演での「セヴィリアの理髪師」、あれはドイツ語上演だった。今なら考えられないこと。東側らしいことではあるが、今の日本でそれをする必要があるのだろうか。田舎の4公演も発売即完売だと聞くだけに尚更。ドイツ語のときはそれと知らずに始まって吃驚してしまったが、今回は承知のうえで聴いてやはり欲求不満が残る。

それと、この作品、幕切れのアルマヴィーヴァの大アリアがあるとないでは、全く別のオペラだ。第1幕の長さと、第2幕があっさり終わってしまうアンバランス、終盤が拍子抜けである。トラディショナルカットを施した上演では誰が主人公なのか判然としないのに、オリジナルだとそれが歴然。あれをカットしてしまうと、三部作としての悲劇の胚胎などどこを探して見つけられない。

演出、装置、衣裳、照明の各氏はいい仕事をしていると思う。序曲に合わせてパントマイムが登場し、ロープで小さな家を曳いてくる。その中からパントマイムが大勢現れ、少しずつ大きなサイズの家を舞台上に曳いてくる。そして最大のものが運ばれ、それがロジーナの家である。この家は場面転換では壁がスライドし内部構造を見せる。イタロ・グラッシによる素敵な装置だ。地方巡業のことも想定した見事な出来上がり。一番感心したのは多分ここかな。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system