ミラノ・スカラ座来日公演「アイーダ」 ~ アムネリス!
2013/9/24

会議の日程調整のメールが来たとき、この日だけは外してほしいとお願いしたのが9月24日、だいぶ前からカミサンの分とチケットを2枚入手していたのだから。午後は半日休みにしてフェスティバルホールの川向こう、5時開店のバールを貸し切り状態で腹ごしらえ。名物のこぼれシャンペン、気前よくたっぷりこぼしてくれるのに好感が持てる。おかわりまでする始末、大丈夫、今宵はワーグナーじゃなし、船を漕ぐ心配は無用。

アイーダ:ホイ・ヘー
 アムネリス:ダニエラ・バルチェッローナ
 ラダメス:ホルヘ・デ・レオン
 アモナスロ:アンブロージョ・マエストリ
 ランフィス:マルコ・スポッティ
 エジプト王:ロベルト・タリアヴィーニ
 巫女:サエ・キュン・リム
 使者:ジェヒ・クォン
 ミラノ・スカラ座歌劇場管弦楽団・合唱団
 指揮:グスターヴォ・ドゥダメル

この大阪での公演、スカラ座の来日がアナウンスされたときには予定になかったものだ。真偽のほどは不明だが、東京公演に続く中国公演が中止となり、それが日本での追加公演に化けたということ。ラダメスじゃなくてアイーダ役のホイ・へーは"凱旋"が飛んでしまったというわけだ。例のPM2.5に怖気づいたのが原因とかの話も聞いたが、はて。確かに歌い手にとっては放射能同様、避けたくもなろう。

それで、このホイ・へー、素晴らしい声だ。真性ヴォーチェ・ヴェルディアーナ、斑なく厚みがあるリリコ・スピント、いまやイタリアでも絶滅危惧種に近いのでないだろうか。それを中国人が。メジャーなオペラハウスで引っぱりダコというのも頷ける。繊細なピアニシモの使い方はカヴァリエ張りということかな。

このオペラがそもそもそうであるように、本当の主役はアムネリス、その役をこの人が歌うから、高い(と言っても最安席)チケットを購入したようなもの。ダニエラ・バルチェッローナ、これまでロッシーニしか聴いたことがないメゾソプラノのヴェルディ、悪いはずはないと思ったとおり、この人のアムネリスは、かつてコッソットを聴いたときの衝撃を蘇らせる。まともなアリアひとつない役柄なのに、何故この役が肝なのか、この日の舞台(演奏会形式だが)はそれがストンと腑に落ちる。若き将軍への思慕、恋敵への嫉妬、王女の矜持、いくつもの感情が交錯する複雑なキャラクターを歌で納得させるという芸当はなかなか出来ることではない。本人も快心の歌唱だったとみえて、万雷の拍手に手放しの喜びよう。

主役3人がこれだけ揃っているのはスカラ座の来日公演でも珍しい部類ではないだろうか。その一人、第2幕途中から登場するアモナスロ、アンブロージョ・マエストリはまんまのファルスタッフなのに笑ってしまいそうになるが、あの役とは違う歌の剛毅さが前面に出て大迫力である。もう一人、当然にテノールはどうなのかということになる。ラダメスはスロースターターか(この役は大概がそうだけど)、冒頭のアリアはいまひとつぶら下がり気味で心配なスタートとなったが、後半の幕ではエンジンがかかって来た感じで、相手役3人に伍した歌を聴かせたという印象だ。ひとつ残念なのはランフィスの声に品がないこと、素材そのものを云々するのはどうかと思うが、この声でもスカラ座の舞台に立てるのか、今はそんなレベルなのかと思ったりもする。

今回の来日公演の指揮者は、ダニエル・ハーディングと、この日のグスターヴォ・ドゥダメル、発表になったときスカラ座がこういう人を連れて来るのかと驚いたのを思い出す。才能はある人たちだろうけど、彼らにイタリアオペラの土地勘があるのだろうか。歌の呼吸が身についているのだろうかと訝しく思った。東京での公演を観ていないので何とも言えないが、「アイーダ」を聴く限りドゥダメルの本領はインストゥルメンタルの部分にあるのだと思う。あの短い前奏曲のニュアンスは素晴らしいものだった。オペラ本編で悪くはないにしても、声の入るところでは控えめというか、どう処理するのか手探りといった感じもなくはない。

思ったよりも大人数のコーラスだ。このオペラの前半はコーラスのためにあると言ってもいいほどだから、力も入ろうというもの。スイッチの入ったときのスカラ座のコーラスの凄さにはカミサンもびっくり。精密さや統制にかけては、いまや新国立劇場のコーラスが世界一ではないかと思っているのだが、ツボにはまるとヴェルディではやはり御本家の面目躍如だ。ちょっとぐらい揃わなくても意に介さず、ピアノがフォルテになっても平気、そんなコーラスでありながら、ヴェルディの熱気を余すところなく伝えるということでは追随を許さないものがある。

第1幕の出陣のコーラスが終わった直後、私の頭の後ろで大声でブラアヴォーと叫んだお兄さんがいた。おかげでアイーダの"Ritorna vincitor!"のフレーズがほとんど聞こえず。興奮するのはいいが、こういうのは困りものだ。「あのう、タイミング良く叫んでくださいね」と休憩時間にニッコリとお願い、「すみませんでした」と先方もペコリ。こういう場合には、否定的表現を避けるのが鉄則、それでも充分にこちらの抗議は伝わるのだし、お互いに気分を悪くすることはない。確かに、それだけ熱気のあるコーラスだった。

今回の大阪公演、瓢箪から駒という感じもあるけど、もともとミラノは姉妹都市、改築なったフェスティバルホールが呼び水となって定着してくれたら有り難いのだが。ただ、そのときは演奏会形式なのにS席40,000円~D席18,000円なんて値段は勘弁してほしいものだ。

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