サンティ/N響定期「シモン・ボッカネグラ」 ~ 主役はオーケストラ!
2013/11/8

NHK交響楽団はこれほどのオーケストラだったのか、まさに驚きの3時間。ウィーンやミラノのオーケストラに引けをとらないどころか、彼らのルーチンの演奏を遙かに凌ぐ。国内でこんな上演に立ち会えるなんて、思っても見なかったこと。ヴェルディのオーケストラがかくも深いものだったのか。
 前奏曲というか序奏、まずこれで圧倒されてしまった。何の変哲もないような弦楽器の旋律が、これほどの色合いの変化をもって奏でられたのを聴いたことはない。このオペラの蘇演と言ってもいいぐらいのアバドの演奏にしたところで、サンティがこの日N響から引き出した音に比べたらあまりに平板だ。そして、幕切れのアンサンブル、各役のそれぞれのパートを、ここではこれ以外は有り得ないというテンポと表情でオーケストラが準備する。あとはそれに乗せて歌うだけ。あのプラシド・ドミンゴが昔から絶大な信頼をこの指揮者に置いていることは知られた話で、それは当然。

ヴェルディ:歌劇「シモン・ボッカネグラ」(演奏会形式)
  シモン:パオロ・ルメッツ
  マリア/アメーリア:アドリアーナ・マルフィージ
  フィエスコ:グレゴル・ルジツキ
  ガブリエレ:サンドロ・パーク
  パオロ:吉原輝
  ピエトロ:フラノ・ルーフィ
  射手隊長:松村英行
  侍女:中島郁子
  合唱:二期会合唱団
  管弦楽:NHK交響楽団
  指揮:ネルロ・サンティ

初めと終わりだけが良かったわけじゃない。この日のN響は、本気になればここまでやれるという空恐ろしさを感じるほどの出来だ。82歳、舞台袖からの歩みもヨタヨタという感じになってしまった巨匠だが、オーラが指揮台から発散している。掛け値なしに隅々まで頭に入っているから前にスコアなどない。あの巨体とギョロ目だけで意図を感得させて音を出させてしまうのは凄い。また、オーケストラにしてもそれを敏感に感じ取るインテリジェンスがあるということだろう。テレビ収録があったからと言うことだけではない本気度、この指揮者とオーケストラの幸福な出会いが実感できる。

こんなにオーケストラが素晴らしかったのだから、歌手陣がせめてこれと拮抗するレベルだったら言うことないし、ヴェルディ生誕200年の年のベストとなったところだが、悪くはないものの、それぞれにこの点が何とかなったらなあと思うことが多い。海外から招聘したソリストたちは、それなりのキャリアは積んでいるにしても、メジャーなオペラハウスの常連となるには足りないものがある。

パオロの役は重要だ。冒頭にいきなり聴かせどころがあるし、何と言っても黒幕としての存在感がないとこのオペラの芯が抜ける。6月にいずみホールで歌った青山貴さんと比べると吉原輝さんはちょっと非力だし、ディクションも甘い。ディクションでいえばガブリエレの韓国人サンドロ・パークも同じ傾向。こちらは脳天気気味の声がガンガン出るのは爽快なんだけど。
 マリア(アメーリア)のアドリアーナ・マルフィージ、何でサンティがこの人を起用するのかよく判らない(あとで知ったが、なあんだ娘なのか)。しっかりと歌っているとは思うが声の美しさに欠けるのが決定的。天性のものだから致し方ないにしても、これじゃあ。それと、このカップル、やや猫背気味なのが気になる。首から上があるべき位置より前にある。舞台人は見た目も大事、これは矯正できることだ。パオロ・ルメッツという人は余所でもシモンを歌っているらしいので役柄は身についているけど上のほうの声が詰まったような感じになってしまうのは残念。6月の堀内康雄さんのようなノーブルさは見られない。フィエスコのグレゴル・ルジツキもいまひとつ存在感が薄い。

と言うことで、これはという人がいないキャストなんだけど、それを補って余りあるオーケストラの素晴らしさ。揃いも揃って歌い手がぼちぼちという公演でありながら、感銘度が極めて高いのは、預かってサンティの力だと思う。テンポとバランス、これしかないんだ、こうするんだというのが、息づき沸き上がる音楽が証明する。そんな感じ。
 もう四半世紀も前になってしまったが、メットでこの人がピットに入ったときの嬉しさを思い出す。アバドやムーティといった高名な人たちよりも、私はこの人のイタリアオペラを聴きたい。ナマで聴いたことなどもちろんないが、ことオペラではアルトゥーロ・トスカニーニよりトゥリオ・セラフィンがずっと偉大だと信じている人間だから。

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