びわ湖ホール「ホフマン物語」 ~ キャスト変更にびっくり
2014/2/9

11日のチケットを早々に購入していたところが仕事の予定が入ってしまった。慌てて9日の分を探したが完売、まあ公演日が近づいてくればネットで譲り受けることも出来るだろうと気長に待つ。 公演のチラシ 2日前に目出度く入手、行くと決まって改めてキャストはどうなっているのかとホールのサイトを見たら、仰天、なにっ、主役ホフマンを村上敏明さんが歌う。

びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーが各役にどう配されているのかチェックするつもりが、驚くべき代役の発表だ。サイトにはこう記載されている。

「死の都」3月9日の公演にパウル役で出演を予定していた経種廉彦は、体調不良により出演できなくなりました。このことに伴い、下記の2公演に関してキャストを変更いたします。

ホフマン役に予定されていた声楽アンサンブルの山本康寛さんが「死の都」に回り、穴が空いたところに藤原歌劇団から村上さんを呼んだということ、舞台裏の事情はいろいろとあるのだろうが、この「ホフマン物語」が特別の公演になることは間違いない。充分に練習を積んだ声楽アンサンブルの仲間うちで固めるのも悪いことではないが、この主役にはやはりスターがほしい。まさに打ってつけの人材、一気に注目の舞台となる。両日とも完売、800人程度の中ホールでの公演がもったいないぐらいだ。

ホフマン:村上敏明
 ミューズ/ニクラウス:森季子
 オランピア:栗原未和
 アントニア:松下美奈子
 ジュリエッタ:岩川亮子
 リンドルフ/コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット:迎肇聡
 アンドレ/フランツ:古屋彰久
 コシュニーユ/ピティキナッチョ:青柳貴夫
 ルーテル/クレスペル:砂場拓也
 ヘルマン:林隆史
 シュレーミル:的場正剛
 ナタナエル/スパランツァーニ:島影聖人
 アントニアの母の声:本田華奈子
 ステッラ:黒田恵美
 酒の精、学生たち、招待客:小林あすき、田中千佳子 ほか
 指揮:大勝秀也
 演出:中村敬一
 管弦楽:ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
 びわ湖ホール(中ホール)

村上さんのホフマンは爽快だ。ややイタリアっぽいところがあるが、小さめのホールであることを差し引いても輝かしい声が真っ直ぐに飛んでくる。某トップテノールのような、声は出るには出るが歌の流れの凸凹感が耳障りというようなことが全くない。昨年末に今回のオファーがあったらしいが、歌も動きも違和感がない。「ホフマン物語」が2010年に名古屋で上演されたとき村上さんはナタナエル役で出ていたが、一方でホフマン役アルトゥーロ・チャコン=クルスのカバーキャストだった。それでホフマンは一通りは身についている訳だが、版の違いもあり短期間での仕上げには苦労したらしい(今回はフリッツ・エーザー校訂のアルコーア版に手を加えたもの)。あの舞台は名古屋まで観に行ったのでよく覚えている。あれは、幸田浩子、砂川凉子、中嶋彰子と女性上位のキャスト。今回の村上さんは、あのとき聴いたチャコン=クルスよりも私には好ましい。

主役に大物が座ることで、声楽アンサンブルのソロメンバーへの触発があったことが目に見える。ミューズ/ニクラウスの森季子さん、オランピアの栗原未和さん、アントニアの松下美奈子さん、ジュリエッタの岩川亮子さん、それぞれ実力を蓄えてきている人たちだが、日本の第一線の歌い手との共演で一回り大きくなったような印象を受ける。なかでも森季子さん、松下美奈子さんが好演、歌詞の意味を踏まえたきめ細かな表情付けと演技に成長の跡を見る。全幕出ずっぱりで4役をこなした迎さんは、初めて聴いた頃に声の力に注目した人だが、まだまだ課題が多いと思う。天性の声をコントロールして味わいを出す域に至るとずいぶん違うと思うのだが、力任せのところが抜けないのが残念だ。

びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーは5年の任期らしい。その間の身分保障があるところなど、兵庫県立芸術文化センターのオーケストラと似ている。あちらは専属オーケストラ、こちらは専属声楽アンサンブル、県の文化施設がいずれも育成組織を抱えているところが面白いし、それぞれ成果が現れているのは嬉しいことだ。

舞台は各幕とも骨格は同じで、上手く模様替えして雰囲気を出している。比較的シンプルだが必要なものは揃った感じで悪くない。ジュリエッタの幕の娼館は舞台上の男女の絡みが鬱陶しい感があったが、まああんなものか。この舞台も文化庁の助成があるから3000円の料金で出来るという訳だ。これは「劇場・音楽堂等活性化事業」という交付金事業で、例の事業仕分けで削られても名目を変えて生き延びている、主に地方自治体のホールを想定した交付金、まさに官僚のしぶとさを見る思いだ。まあ、劇場に足を運ぶ身としてはその恩恵を被っているのだけど。

話は脇道にそれたが、上演の前後にプレトーク、アフタートークがあった。演出の中村敬一さんの話は人をそらさない。大阪音楽大学でのオペラ講座を何度か聴いたが、構成の巧みさ、資料や小道具の工夫、語り口の流暢さ、ツボを押さえたインタビューなど、オペラを語らせたら今この人の右に出る人の名を思いつかない。

終演15分後に始まったアフタートーク、幕が上がるとルター酒場のテーブルに指揮の大勝さんと並んでビアジョッキを上げている。何だこりゃ、喉がゴクッとなってしまう。まあ舞台そのままということなんだろう。着替えを終えた村上さん、栗原さん、松下さん、迎さんも合流して酒場トークの趣き、装置の種明かしなども交えてなかなか楽しい。声楽アンサンブルの3人の歌手は今年で卒業ということらしい。女性二人は舞台の姿から見違えるほどの、どこにでもいそうな普通の女性というのも可笑しい。

村上さんが言っていたのは、今回の舞台が初役、カバーキャストで勉強したことはあっても、こういう機会を逃すと一生舞台で歌うことがないかも知れないのでということ。確かにオペラ歌手にとって舞台で歌ってなんぼのものであり、その気持ち、とてもよく判る。

会場からの質問もあり、「最初に幕が上がったときの歌い手さんたちの配置が、名画の構図に似ているような気がしたんですが…」と前のほうの女性。実はあれ、パロディなんだと、中村さん。ホフマンを中心に長いテーブルに並んだ学生たちは「最後の晩餐」のポーズを取らせたのだそうだ。12使徒の一人のナタニエルと同じ名の登場人物もいることだしと。演出家としても気づいてもらって嬉しかった様子。

舞台上の酒盛りを見たら帰りにヴィルツブルクでドイツビールを飲みたくなるのだけど、日暮れの湖畔を20分歩くのは辛いし、付き合ってくれる友だちも今日はいないので帰路を辿る。いい公演だった。

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