大野和士/リヨン国立歌劇場の「ホフマン物語」 ~ 三位一体?
2014/7/5

公演のチラシ

サッカー・ワールドカップのドイツ・フランス戦が午前1時キックオフ、ということはオーケストラやコーラスの面々がホテルのベッドに就いたのは未明ということに。敗戦の悔しさでテンション下がりっぱなしで東京公演の初日を迎えたと想像できる。さすれば本日の「ホフマン物語」の出来や如何、安くもないチケットを購入した身としては気になるところだ。四年に一度のイベントで盛り上がるのは結構だが、仕事のほうはきちんとこなしていただきたいもの。こっちも早朝の南米対戦を観てからの出発だから同じようなものだけど。

オッフェンバック:楽劇「ホフマン物語」
 ホフマン:ジョン・オズボーン
 オランピア / アントニア / ジュリエッタ / ステッラ:パトリツィア・チョーフィ
 リンドルフ /コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット:ロラン・アルバロ
 ミューズ / ニクラウス:ミシェル・ロジエ
 アンドレ / コシュニーユ / フランツ / ピティキナッチョ:シリル・デュボア
 ルーテル/クレスペル:ピーター・シドム
 ヘルマン / シュレーミル:クリストフ・ガイ
 ナタナエル / スパランツァーニ:カール・ガザロシアン
 アントニアの母:マリー・ゴートロ
 合唱:フランス国立リヨン歌劇場合唱団
 合唱指揮:アラン・ウッドブリッジ
 管弦楽:フランス国立リヨン歌劇場管弦楽団
 指揮:大野和士
 演出・衣裳:ロラン・ペリー

演出にしても演奏者の解釈にしても、オランピア、アントニア、ジュリエッタ、三人の女性は一人であるというコンセプトに貫かれた上演だと思う。何度も観ているオペラだけど、実は一人のソプラノが全役を歌ったのを聴いたことがない。その点でも貴重な機会、友だちが言うには衝撃的なヴィオレッタ、それを演じ歌ったパトリツィア・チョーフィーがクレジットされているだけに、オペラのための上京とあいなる。

チョーフィー、一人で歌うということに意味があるのだろう。各役で言えば間違いなくベストの歌い手は別にいる。70~80点を揃えて通しで歌うことを加算して総合点で評価すればいいのだが、そこの加算の部分に意味を見出すかどうかで採点の違いが出てきそうだ。前奏の前に舞台上でモーツァルトの一節をアカペラでステッラが歌うことから始まる。誰が歌っているのか、どうもステッラのようだが下手くそな歌だ。おっと、そこから問題含み、ちょっと雲行きが怪しい。

ところが、ホフマン、ニクラウス、敵役がいいのだ。声の色合いがぴったりと嵌るし、歌も素敵だ。この人たちのプロローグで気分は持ち直す。やはりオーケストラやコーラスは集中力に欠けピシッと決まらないのは寝不足のせいか。特に後者はディクションはともかくアンサンブルは新国立劇場合唱団の水準に及ばない。もっとも幕を追うごとに締まってきたので尻上がりではあった。

オランピアの幕、クレーンで上下したり、スカートの下に仕込まれた電動仕掛けで舞台上を動き回るなど、アイディア満載である。この状態で歌うのだからチョーフィーも大変である。この演出でやれる歌い手はあまり多くないだろう。コロラトゥーラについてはそれを得意とする人から比べるとまあ普通というレベル、アントニアもやれて、ジュリエッタもやれてということだと、自ずと限界がある。でも舞台上での演技に目を奪われているので、声楽的な不備はあまり気にはならない。

三役のうち、この人に一番合っているのはアントニアだろう。今回の上演で大野さんがもっとも力を入れていたのも第2幕だと思う。丁寧な音楽の運び、噛んで含めるようなテンポ、主役三人のアンサンブルの進め方には驚いた。ここが全曲の頂点という感じを受けた。予定の終演時刻が30分近く延びたのは、この幕のせいではなかったか。

観るたびに聴いたことがない部分があるのが「ホフマン物語」の常、今回の上演は耳新しいところばかりだ。冒頭のソロはともかく、台詞部分の多さ、異版のアリアなどなど。これもオペラを観る楽しみのひとつ。ホフマンによるジュリエッタ刺殺のシーンも初めて見た。

「もともと荒唐無稽なストーリー、演出家にとっては腕の振るいどころですわ」とは、「初めて見ましたけど、これは面白いですね」と以前勤めていた会社の役員に話しかけられたときの私の答え。招待客もあることだし彼らは半ば仕事、こちらは遊び、気楽さを満喫。ともあれ、ロラン・ペリーの演出は過剰になることもなく、音楽を疎外するところもないし、転換もスムースで素敵だ。むかしMETでシコフとドミンゴのダブルキャストで観た大掛かりなオットー・シェンク演出も素晴らしかったが、大してお金をかけなくてもセンスのいい舞台が出来るということだ。

カーテンコールに舞台に現れた大野さんはやや太り気味な印象だ。美食の街リヨンにいる時間が長いとこうなるのかな。まだまだ活躍の場が広がる人だし、健康には留意していただきたいものだ。

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