みつなかオペラ「清教徒」 ~ 予想どおりの奇跡
2014/9/20

3年前から期待していた公演だ。兵庫県川西市のみつなかホールが自主事業として取り組むベッリーニのシリーズ、2作目にラインアップされた「清教徒」、アルトゥーロ役を歌うのはこの人しかいない。ベッリーニに先立つドニゼッティのシリーズ、その「ファヴォリータ」で衝撃的な歌唱を披露したテノール藤田卓也が当然の如くクレジットされた。あれを聴いた人は見逃すはずもない、チケットは早々に完売になった模様。

公演のチラシ

ベッリーニ:歌劇「清教徒」
  エルヴィーラ:坂口裕子
  アルトゥーロ:藤田卓也
  ヴァルトン:宇野徹哉 
  リッカルド:迎肇聡
  ジョルジョ:片桐直樹 
  エンリケッタ:高谷みのり
  ブルーノ:清原邦仁
  管弦楽:ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
  合唱:みつなかオペラ合唱団
  指揮:牧村邦彦
  演出:井原広樹
  合唱指揮:岩城拓也
  装置:アントニオ・マストロマッテイ

3年前といえば東日本大震災の年だ。秋のボローニャ歌劇場の来日公演「清教徒」、福島発の放射能が心配でファン・ディエゴ・フローレスがキャンセルしてしまい、格好がつかなくなってしまった事件があった。その直後に聴いたのが藤田卓也、この役を歌える人が日本にいると驚愕したことを鮮明に覚えている。それが3年を経て実現したわけだ。

あのときに交替したアルトゥーロ役はセルソ・アルベロ、歌から浮いてしまったような一発高音だけで良しとした人も多かったのは、あんな時期に来てくれた歌い手たちへの感謝ということだったろう。日本中が異常な雰囲気の頃だった。

みつなかオペラの音楽監督を務める指揮者の牧村邦彦さんがプログラムに書いている。「今回のみつなかオペラの稽古場は、この作品が超S級難度の作品であることを全く感じない歌い手がそろった幸せな現場であったことです」

これはエルヴィーラとアルトゥーロのことだろう。この二人が並び立つ第3幕は圧倒的な聴きもの、藤田さんが繰り出す胸声のFが次々に決まり、坂口さんと高音が見事に重なる。3年前もそうだったが、藤田さんが歌い終えるとオーケストラからもやんやの拍手、舞台上にいるならともかく、ピットでこんなことは滅多に見られない。

藤田さんの歌がいいのは、見事な超高音がそれ一発のものとして遊離しないということ、ちゃんと歌の流れに入っているという稀有さがある。前に聴いたときよりも声の強靱さが加わった気がする。フローレスやシラグーザ、この役を立派に歌える人の名前はわずか、間違いなくそれに名を連ねる人だ。私の友だちはピーチに乗って東京から飛んで来たのだが、新幹線代を払ったとしても価値がある。首都圏のオペラ団体にしても、彼を客演に招けば上演可能になる作品があるのに、なかなかそうは行かないのが彼にとっても彼の地のオペラファンにとっても残念なところ。

テノールの超高音のせいでアルトゥーロに注目が集まりがちな「清教徒」だが、これはやはりプリマドンナオペラ、エルヴィーラの坂口裕子さんの歌唱も驚きだった。歌に表現力がある。コロラトゥーラ・ソプラノが得意とする役、その技術だけならもっと凄い人はいるけれど、あの長大な(牧村さんに言わせると中途半端な)狂乱の場が作り物でない情感のこもった表現になっているのが素晴らしいとは友だちの弁、全く同感である。第1幕ではオーケストラに乗りきれないところも見えたけど、第2幕の狂乱の場からフィナーレに至る後半の出来は非の打ち所がない。彼女にしても快心の舞台だったのだろう、カーテンコールでは感極まった様子、藤田さんと二人、長い拍手が続いた。

「清教徒」にはパリ版とナポリ版があり、今回はオリジナルのパリ版による上演、断言はできないが聴いたことのない部分も耳についたから、トラディショナルカットの復元もされていたのではなかろうか。リッカルドとジョルジョのデュエットもずいぶん長いし、アリアの中間部もこんなだったっけと思うところもあった。その結果、上演時間も長い。16:00開演で20分、15分の休憩をはさみ跳ねたのが19:40近い。もっとも、それには牧村さんの遅いテンポも影響しているだろう。相当にゆっくりした音楽の運び、随所にタメを作るようなテンポの揺らし方が必ずしも成功しているとは言えないし、男声低声部のアンサンブルのあたりなど冗長感に繋がっている箇所もあった。恋人役たちのところではそれが効果的だったのと対照的。

藤田さんと坂口さん、両主役が素晴らしければ、他は多少のことは目をつぶっても問題ないオペラなのだが、迎肇聡さんは気になる。立派な声を活かしきれないもどかしさをいつも感じる人で、強いばかりの一本調子の傾向は以前より改善はされているもののまだまだ。昨年の「カプレーティとモンテッキ」のロミオ役だった高谷みのりさんは出番の短いエンリケッタという役なのが残念だ。この人の王妃役、舞台姿がとても美しい。あまりに無茶苦茶な台本だが、アルトゥーロが婚礼をすっぽかし初対面の彼女の脱出行を助けるというのも分からないではない(牧村さんに言わせれば「するか、普通?」ということになる)。

スコットランドの独立を問う国民投票と奇しくも上演が重なった「清教徒」に続き、来年はベッリーニ・シリーズの第3作「ノルマ」、こちらはどんなキャストが組まれるだろう。私の想像では、タイトル・ロールには並河寿美さんあたりの名前がクレジットされるのではないだろうか、アダルジーザは、ポリオーネは、今から楽しみだ。わずか400人の劇場、あまり吹聴するとチケット入手が困難になりかねないので自重したほうがいいかも。

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