新国立劇場「パルジファル」 ~ 「聖☆おにいさん」は、すぐそこ
2014/10/2

月初の東京出張のあと、月末の休日勤務の振替を先取り、かくして新音楽監督のシーズンオープニングを観る。ときあたかも東海道新幹線開業50周年記念キャンペーン期間、片道5400円というLCC並みの価格、1か月前の発売日10:00:01に切符を購入しこの日に備える。

公演のチラシ

アムフォルタス:エギルス・シリンス
 ティトゥレル:長谷川顯
 グルネマンツ:ジョン・トムリンソン
 パルジファル:クリスティアン・フランツ
 クリングゾル:ロバート・ボーク
 クンドリー:エヴェリン・ヘルリツィウス
 第1・第2 の聖杯騎士:村上公太/北川辰彦
 4人の小姓:九嶋香奈枝/國光ともこ/
   鈴木准/小原啓楼
 花の乙女たち:三宅理恵/鵜木絵里/小野美咲/
   針生美智子/小林沙羅/増田弥生
 アルトソロ:池田香織
 合唱:新国立劇場合唱団
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
 指揮:飯守泰次郎
 演出:ハリー・クプファー
 演出補:デレク・ギンペル
 装置:ハンス・シャヴェルノッホ
 衣裳:ヤン・タックス
 照明:ユルゲン・ホフマン

ワーグナーの長い作品だと、どうしても演出の話に終始する。初台では最初の上演となる「パルジファル」でハリー・クプファーがどんな舞台を作るのか、ワグネリアンならずとも興味津々、劇場のサイトに掲載された演出家のインタビューや合唱指揮の三澤洋史さんのホームページなどを読むと、どうもキリスト教から仏教へというコンセプトのような。

来迎図の構図

前奏曲のときから舞台が開く。奥から手前にジグザグというか蛇行というか、川なのか道なのか、その装置の表面は映像が表示される大きなパネル、どうも道のようだ。奥の方に3人の僧侶が胡座を組んでいる。来迎図の構図に似ている。たぶんこの種の絵に着想を得ているのではないだろうか。僧侶たちが舞台奥の上流とすれば、手前の下流には苦吟する楽劇の登場人物が配されている。なんだかこれで5時間に及ぶお話の骨組みが透けて見える。「キリスト教と仏教、相容れないとされる2つの宗教を倫理的なレベルで結び合わせたのは、ワーグナーのなせる業です」とクプファーがインタビューで語っているが、結合というよりも、堕落したキリスト教から仏教の解脱に至るという解釈ではないかな。キリスト教社会に身を置く演出家としては、そうはあからさまに言えない事情もあるだろう。非宗教的人間だったとおぼしきワーグナーにしても暗喩としての表現に止めているところを、日本での演出ということで自由でストレートな表現になっている。だけど、キリスト教(あるいは仏教を含む宗教全般)の呪縛など無縁の日本人なら、もっともっと面白い演出ができそうな気がする。

新国立劇場でキース・ウォーナーが演出した「ニーベルンクの指輪」、いわゆるトーキョー・リングはとても面白かった。大言壮語するワーグナーを笑い飛ばすかのようなポップでキッチュな舞台、その延長線上で「パルジファル」を演出したらとてつもない事件が起きそうだ。思い浮かぶのは、立川の安アパートで共同生活するブッダとイエスの二人組が巻き起こす宗教ギャグ満載のコメディ、息子が読んでいた「聖(セイント)☆おにいさん」。敬虔なクリスチャンなら卒倒し、筋金入りのワグネリアンなら激怒するぐらいの強烈さ、そんな「パルジファル」を観たいものだ。日本でならそれがやれるかも知れないと非宗教的日本人の一人として思う。

「ワーグナー最後のオペラにして、集大成である舞台神聖祝祭劇」とは新国立劇場のキャッチコピー、「聖槍と聖杯をめぐる壮大で深淵な物語」との言葉も見える。ああそう、聖槍にしても聖杯にしても荒唐無稽、ちっとも有り難くないし、それで神聖と言われてもねえ。ワーグナーには及ばないながら罰当たり人間としては、正味5時間近いオペラは苦痛だ。第2幕は全く問題ないが、第1幕前半と第3幕後半が苦手、ここを眠らずに過ごすことは至難の業、この日も意識が遠のいてしまう。相当に我慢強い人で埋まった客席のはずだが、隣のおじさんも船を漕いでいる。迫を頻繁に使った場面転換はあるにしても、装置は全幕を通して変わらない。ときどき現れて人物を載せてゆっくりと動くクレーン状の装置は巨大な秒針のようだ。先端が尖っているのは槍の象徴か。小難しくなく、総じて判りやすい演出だと思う。ただ、舞台の動きの少ないぶん、演出家も5時間をもてあまし気味のよう。意味なく迫りが上下する場面が目立つ。

ジャパンタイムスの第一面に掲載されたパルジファルの記事

ホテルのフロントで見かけたジャパンタイムスのフリーペーパー、一面が「パルジファル」で埋め尽くされている。それだけ注目の公演ということか。確かにキャストは揃っている。飯守さんのシーズン開幕への思い入れが伝わってくるようだ。

題名役のクリスティアン・フランツはトーキョー・リング以来、大好きな歌手。彼の明るい声はこの役にぴったりだ。そして、素晴らしいのがクンドリーのエヴェリン・ヘルリツィウス、ほんの少ししか歌わない第1幕なのに一声で魅了する彼女の存在感がすごい。したがって、この二人が前面に出る第2幕が出色、まあここはこの長い作品のピークではあるけれど。

アムフォルタスのエギルス・シリンス、クリングゾルのロバート・ボークもいい。グルネマンツのジョン・トムリンソンはけっこう凸凹のある歌に聞こえたが、熱演・熱唱であることには違いない。昨年、名古屋でこの作品を指揮した三澤さんが本職に戻って率いるコーラスは言わずもがなの完成度だ。いただけなかったのは、花の乙女たちの陰唄のコーラス、もっともそれはバレエのエロチックに徹しきれないぎこちない動きのせいかも。オーケストラは東京フィル、そりゃNHK交響楽団のようにはいかない。ときに管楽器の気の抜けた音が顔を出すのは相変わらずだが、いい方の演奏であるとは思う。昨年の三澤さんは快速の演奏だったのに対し、飯守さんは時間を気にせず腰を据えてワーグナーの響きを追求するという姿勢だろう。なんだか対照的。

新幹線50周年の格安きっぷ

この「パルジファル」、JR東海が特別協賛しているらしい。幕間に東海道新幹線50周年記念弁当なるものが販売されていたもよう。こちらは劇場の隣、甲州街道に面した立食い蕎麦に並ぶ。休憩45分だから並んでも平気、ここはオペラゴーアーたちの隠れた人気店らしい。そういえば舞台に現れる巨大な槍のモニュメント、500系新幹線のフォルムと重なる。JRがスポンサーなので配慮したのかな。おっと、500系はJR西日本の車両だから、それはない。
 ひと昔前なら新国立劇場のウィークデー公演のあと、寝台急行「銀河」で翌日の仕事に間に合わせるということをやったものだが、今は品川駅近くのホテル泊。翌朝、品川始発6:00の「のぞみ99号」に乗車、すごい、トイレがウォシュレットになった新鋭N700Aだ。そして8:05に京都着、始業時間に楽々間に合うのだから50年を経て新幹線はずいぶんスピードアップした。リニアなんて要らない。中央新幹線を従来方式の新幹線で建設すれば充分。膨大な投資をするぐらいなら、頻繁にキャンペーン価格を打ち出してもらうほうがオペラファンとしてはずっと有り難い。

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