東京・春・音楽祭「ワルキューレ」 ~ 一番怖いものは
2015/4/7

青春18きっぷが使えるのは4月10日まで。残った2回分を東京往復に充てる。定年リタイアした身にとっては、時間はあるから運賃が安いに越したことはない。東海道線は見慣れた景色だし通勤仕様のロングシートばかりなので専ら読書の時間とする。一冊読み終える頃に到着だから何の苦にもならない。東京・上野ラインが開通し熱海から乗り換えなしで東京文化会館前に着くので便利になった。ホールに向かって前のめりで歩く地味系のおじさんは大概がワグネリアン、ショルダーバッグを抱えた姿は何となくテッちゃんに似ているような。こちらリュックだし、どちらかと言えば派手好き、テッちゃんの端くれではあるがワグネリアンではない。ともあれ、開演前から男子トイレに列ができるのもワーグナーならでは。

公演のチラシです。  ジークムント:ロバート・ディーン・スミス
 フンディング:シム・インスン
 ヴォ―タン:エギルス・シリンス
 ジークリンデ:ワルトラウト・マイヤー
 ブリュンヒルデ:キャサリン・フォスター
 フリッカ:エリーザベト・クールマン
 ヘルムヴィーゲ:佐藤路子
 ゲルヒルデ:小川里美
 オルトリンデ:藤谷佳奈枝
 ヴァルトラウテ:秋本悠希
 ジークルーネ:小林紗季子
 ロスヴァイセ:山下未紗
 グリムゲルデ:塩崎めぐみ
 シュヴェルトライテ:金子美香
 管弦楽:NHK交響楽団 (コンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
 指揮:マレク・ヤノフスキ
 音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
 映像:田尾下哲

あれ、コンサートマスターの席に座っているのはキュッヒル氏ではないか。奥さんの里帰りのついでに一仕事かな。今日のオーケストラは、都響だと思っていたらN響だったのか。そりゃそうだ、これも行きたかった大野さんのコンサートと重なっている。

ヤノフスキ指揮のオーケストラは厚ぼったくならないスッキリ系の演奏だ。指揮者とコンサートマスターの力もさることながら、N響が褌を締めてかかると何でもござれだ。舞台に乗っかっていることもあろうが、ワーグナーでこんなに声を邪魔しない響きというのも珍しい。それだけソリストの声が出ているとも言える。初日の公演を聴いた人によれば、歌い手は初日のほうが好調だったらしいが、充分に満足できる水準だ。

素晴らしかったのはフリッカを歌ったエリーザベト・クールマン。出演者のなかではピカイチ、長くて少し退屈することが多い第2幕、それもヴォータンとの夫婦喧嘩のシーンがこれほど面白いとは。この公演での最大の聴きものだった。自身の勝手な行動をああまで理詰めで責められては逃げ場がない。ヴォータンならずとも身につまされるご同輩は多いことだろう。それを歌でやってしまうのだから、まったくもうという感じ。説得力ありすぎ。この人、後で知ったが2009年に新国立劇場でオルロフスキー公爵役で聴いている。あのときの特異な歌声と舞台姿の存在感は強烈な印象だった。けっこう芸域の広い人なのかも知れない。

ワルトラウト・マイヤーのディクションの見事さも特筆もの、特に中音域での言葉の明晰さと響きの綺麗なこと。ドイツ語が美しいと感じることは、私にとっては稀有なこと。もっとも、高音部で声を張ったときに荒れ気味の音色になるのは全盛期を過ぎた感じが否めないか。しかし、その僅かな部分を除けば立派な歌唱だ。

ロバート・ディーン・スミスのジークムントは、もう少し声に若々しさがほしいところ。初日は良かったらしいが、中二日でちょっと疲れも残っていたのか。もともと、4日に観るつもりだったが、こちらの予定変更となったのが残念だ。

フンディングのシム・インスンは役柄に合った声だが、他のソリストが全て暗譜なのに、この人だけが譜面台付というのはいただけない。そんなに出番が多いわけでもないのに、いくら演奏会形式とはいえこれは困ったこと。視覚的にもドラマの流れから遊離してしまうのは大きなマイナスだ。

エギルス・シリンスのヴォ―タンも悪くない。剛直さが前面に出ている感じはあるが、フリッカにやり込められるところ、ブリュンヒルデの情にほだされるところなど、それなりに陰影があって好ましい。演奏会形式で聴いていると台本や音楽への集中度が高まるので、第一夜にして既に(神々の)黄昏が予見されているのがよく判る。こういうところから読み替えのネタが色々と出てくるのだろう。

さて、ブリュンヒルデのキャサリン・フォスター、まだこれからの人のよう。不満だったのは第2幕のジークムントとの対話のところ。ワーグナーにしては異例のスピードで心情の変化が生起する場面、ここを他の部分のように冗長な流れの中で徐々にではなく、短い時間で聴く者に納得感を与えるように表現するのは至難の技だ。私はもっとも注目する箇所なんだけど、あまり成功していたとは思えない。

15時開始、30分の休憩を二回挟んで20時前に終わるのだから、これは快速の演奏だったと言ってよい。早起きして名古屋からは鈍行列車を乗り継いで来たわりには疲れがないのは、演奏が充実していた証左だろう。明日は「運命の力」、それに先駆けた行きつけのイタリア料理の予約は21時15分。充分に時間がある。おっと、オペラに合わせるならスペイン料理でないとダメか。それともロシア料理が正統かも。いやいや、ヴェルディだってサンクトペテルブルグにパスタを大量に持ち込んだらしいし…

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