佐渡オペラ「椿姫」 〜 圧巻のパパ・ジェルモン
2015/7/20

期待して劇場に出かけ、がっかりとは行かないまでも、「まあ、こんなものか」、こちらの言葉だと「ぼちぼちでんな」、「さっぱりわやや」程度のことはザラにある。逆に、「この歌い手は何だ!」と良いほうの驚きを感じることも稀にある。公演のちらしそんなときには、歌を聴いていて自分の体温が1℃ぐらい上昇するような感覚がある。それが免疫力を高めるのだろう、実際に風邪気味の体調不良が解消したという経験もある。

今年の佐渡オペラ、「椿姫」で父親役を歌った高田智宏がまさにそれ。こんなバリトンがいたのか。ヴェルディ・バリトンでは第一人者の堀内康雄、最近では上江隼人がいいが、惜しむらくは後者にはパワー不足を感じる。そこにこの人、高田智宏、ベルカントで力強さを備え、言葉も明晰でテキストの読み込みがしっかりしていて歌唱の表情づけが的確、これは素晴らしい。ドイツのキール歌劇場で活躍しているようで、彼の地ではベックメッサーやロドリーゴなども歌っているらしい。しかしドイツもの中心でもなさそうで、今日の歌唱を聴いたらヴェルディにとても適性がある。この人のロドリーゴやルーナなんて填まり役だと思う。ヨーロッパでの活躍が頷ける。

第2幕第1場は圧巻だった。ヴィオレッタとの二重唱、確かにここが音楽的にはクライマックスなのだが、これほどジェルモンの存在感が際立つ公演というのも珍しい。「息子と別れてくれ」ということだけを20分程度、延々と強要と懐柔をやるわけだが、高田さんに聞き惚れてあっという間のことだった。その後の「プロバンスの海と空」、ただ美しいアリアとして歌うだけの人も多いが、息子に諭し懇願する歌詞の各フレーズの意味を踏まえた歌だ。それでいてヴェルディのメロディラインが崩れることはない。第2場に移る前、カーテンの前に一人現れた高田さんには大喝采、私も思わずBraaaavo! 第2幕終了後の休憩時間に友人の姿を発見したときの私の第一声は「おとうちゃん、すっっっばらしいねえ」

この人は2年前の佐渡オペラ「セヴィリアの理髪師」でフィガロを歌っている。実はそれも聴いているのだが、好演だったとはいえ今回のようなインパクトはなかった。この2年間の進境が著しいということか 。フィガロのとき、こんなことを書いている。あれは原語上演でなかった影響もあったのだろう。

この日本語の歌詞で一番苦労していたのは林美智子さんだろう。アリアの流れが滞るし、もともとの音ではないから転がすのに苦労する。歌自体は悪くはないのに気の毒な感じがしてならない。アルマヴィーヴァ、フィガロの男声二人はこの条件で健闘していたと思う。鈴木准さんのリリックでいながら一本筋の通ったアルマヴィーヴァ、高田智宏さんのバイタリティ溢れるフィガロ、どちらも原語ならもっと引き立つところだったろう。

無理に当てはめた日本語がメロディラインを崩すというデメリットは大きい。イタリア語のアクセントやピッチに合わせて音符を書いたロッシーニの音楽を殺す箇所が枚挙に暇がない。例えば、フィガロの「何でも屋のアリア」、繰り返す"di qualità"、最終音節のアクセントに合わせたメロディが、日本語だとどう置き換えても様にならない。

ジョルジョ・ジェルモンに脚光が当たる「トラヴィアータ」なんて、ついぞ経験がないが、永年オペラに通っているとこんなことにも遭遇するものだ。それで、ヴィオレッタとアルフレードが悪かったのかと言えば、そんなこともない。

今回のタイトル・ロールの人選は別キャストの森麻季さんともども、ビジュアル的に違和感がないことを重視しているふしがある。テオナ・ドヴァリは舞台映えのする容姿と、第3幕の歌唱は薄幸のヒロインのイメージにぴったりだ。反面、第1幕での華やかさに欠けるのと、第2幕の件の場面では高田さんとの落差が目立つ。

アルフレード役のチャド・シェルトンは、いかにもアメリカ南部出身らしい外見で声もなかなか出る。ときに地声に近い響きが混じることもあるが、これから改善していくだろう。直情的で思慮に欠ける青年という役柄にはとても合っている。演技の面でも、第2幕第2場のヴィオレッタとの絡みの場面の動き、復縁を迫り、裏切りを詰るところには、とてもリアリティがあったのに感心した。

今回の演出、舞台上には最小限の装置しかなく、背景の可動式パネルに映像が投影される。パリの街並み、田舎の隠れ家、夜会のさざめき、ワイングラスやシャンデリアの光芒、ドラマとマッチしていて違和感がないし舞台が空っぽのことを感じさせない。とてもすっきりとした印象。

10回公演の折り返しで、オーケストラも調子が出る頃でもあり、中だるみの頃でもある。トリノの劇場からゲスト・コンサートマスターを呼んでいるのは、イタリアオペラの呼吸を学ばせるという意味合いもあるのだろう。全体としてはキビキビとした音の運びだが、ヴィオレッタがらみのところではかなりテンポを落としているのが気になった。何かの意図があってのことだろうか。

昨年の「コジ・ファン・トゥッテ」が10作目なので、今年が佐渡オペラ10周年ということになる。プッチーニやモーツァルトが2作品ずつ上演されているのに、ヴェルディが初めてというのは少し意外な感じもする。オペラを観たことがないお客を動員するのにはヴェルディは敷居が高いのかも知れない。かと言って大衆迎合路線を突き進んでいるわけでもないのが面白い。「キャンディード」なんて作品も取り上げたし、来年はブリテン「真夏の夜の夢」だと言う。これで8〜10公演を敢行というのは、ある意味では壮挙と言える。

ヴィオレッタ/テオナ・ドヴァリ
 アルフレード/チャド・シェルトン
 ジェルモン/髙田智宏
 フローラ/ルネ・テータム
 アンニーナ/岩森美里
 ガストン子爵/渡辺 大
 ドゥフォール男爵/久保和範
 ドビニー侯爵/町 英和
 グランヴィル医師/森 雅史
 合唱/ひょうごプロデュースオペラ合唱団
 管弦楽/兵庫芸術文化センター管弦楽団
 指揮:佐渡 裕
 演出:ロッコ・モルテッリーティ
 装置:イタロ・グラッシ
 衣裳:カルメラ・ラチェレンツァ
 照明:ルチアーノ・ノヴェッリ
 映像:マウロ・マッテウッチ
 合唱指揮:シルヴィア・ロッシ

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