ロイヤルオペラ来日公演「ドン・ジョヴァンニ」 〜 退屈なし
2015/9/23

公演のキャスト表の表紙、ロンドンのスタイルだ

「ドン・ジョヴァンニ」は何度も観ているオペラだけど、正直なところ途中で退屈しなかった記憶はほとんどない。ひと幕が長いし、登場人物は多くて皆がベストの歌唱ということはないから、穴があるところで一気にドラマが萎んでしまい、こちらの持久力も失せることが多い。「フィガロの結婚」にしても、「魔笛」にしても然り。だからモーツァルトが苦手で、好んで聴きたいとは思わない私。

そんな私がロイヤルオペラハウスの来日公演に出かけることになったのは、ラインアップされた顔ぶれに惹かれたのと、ネットで最安席が手に入ったから。この日は日本公演の最終日でもあり、出演者の気合い十分なことが感じられたし、紅白歌合戦の会場でなく、日程で唯一、オペラハウスでの公演だということもあるだろう。めずらしい、退屈なしの「ドン・ジョヴァンニ」だった。

ドン・ジョヴァンニ:イルデブランド・ダルカンジェロ
 レポレロ:アレックス・エスポージト
 ドン・オッターヴィオ:ローランド・ヴィラゾン
 ドンナ・エルヴィーラ:ジョイス・ディドナート
 ドンナ・アンナ:アルビナ・シャギムラトヴァ
 ツェルリーナ:ユリア・レージネヴァ
 マゼット:マシュー・ローズ
 騎士長:ライモンド・アチェト
 管弦楽:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
 合唱:ロイヤル・オペラ合唱団
 指揮:アントニオ・パッパーノ
 演出:カスパー・ホルテン
 兵庫県立芸術文化センター

カスパー・ホルテンの演出が見事だった。特に第1幕が冴えていて素晴らしい。次々と入れ替わる登場人物と各ナンバーにレチタティーヴォ、二階建ての回り舞台は上手く作られていて、その転換もさることながら、人の動きや所作、とてもよく考えられているし、音楽やドラマと寄り添っている。なかなか出来そうでできないことだ。さすがに第2幕になると持てあまし気味のところも見られたが、こちらは歌手の聴かせどころでもあるから、余計なことはしないということかも。

歌手陣にも穴がなくバランスもとれていた。何と言っても、ダルカンジェロの題名役と、ディドナートのドンナ・エルヴィーラがいい。ダルカンジェロはいかにも格好よくて、エネルギッシュな女たらしそのものに見えるし、ディドナートは深情けぶりを歌で演技で表現する。

ディドナート、声楽的な綺麗さよりも感情表現を優先させた歌いぶりは、METのライブビューイングで観る印象と違い、ちょっと意外だったがナマの舞台だとこのほうが伝わるものがある。第1幕の登場のアリアは貫禄充分、このオペラのプリマドンナはドンナ・エルヴィーラだと直感させるものがある。第2幕の有名なアリアが感情表現優先だったと思う。コンサート・ピースのような仕上がりを捨てて、ドラマの中に食い込ませるという歌い方だった。

ディドナートと対照的だったのは、他の二人の女声、ドンナ・アンナのシャギムラトヴァとツェルリーナのレージネヴァ、もちろんそつなく演技はするが、声楽的完成度を優先させたような歌に聞こえた。どちらも若い人だし声の威力は充分、それはそれでいいとしても、ディドナートと共演して糧とするものがあるに違いない。

東京での不調を伝えられていたドン・オッターヴィオ役のヴィラゾン、確かに声の調子はベストではなかったようだが、かえってそれがモーツァルトがこの役に書いた音楽に不思議にマッチしていたように思う。声を見せびらかすようなところが皆無で、抑制された丁寧な歌いぶりがモーツァルトらしさを際だせていた。好調でなくて良かったというのは自分でもヘンな言い方だけど。

アントニオ・パッパーノの指揮、私はあまり評価していない人だけど、これが思いのほか良かった。キビキビと弛緩がない音の運びは、舞台上の歌手たちの熱演とシンクロしているのが判る。ただ、問題は指揮に併せてフォルテピアノでのレチタティーヴォ伴奏までしてしまったこと。他に名手がいるならこっちは任せるべきだと思う。音が弱々しいし、次のアリアやアンサンブルへのオーケストラの入りの箇所では、常に尻切れのような伴奏になってしまう。

ドン・ジョヴァンニが地獄落ちせず舞台に残り、幕切れのアンサンブルは舞台袖で歌われるというのも奇妙だった。舞台上に一列に並んでというのもいまひとつではあるけど、これにはどういう意図があったんだろう。わからずじまい。

兵庫県立芸術文化センターでは、2006年のMET来日公演の演目も「ドン・ジョヴァンニ」だった。アンナ・ネトレプコ、マグダレナ・コジェナー、アーウィン・シュロットと顔ぶれは綺羅星のごとくだったけど、満足度は今回のロイヤルオペラハウスがずっと優勢かな。いいお天気が続いたシルバーウィーク、何年かに一度の5連休なのに、遠出もせずオペラ三昧、いずれも当たり公演だったので目出度しである。

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