名古屋の「ラインの黄金」 〜 これは壮挙かも
2016/9/11

愛知県犬山市には「日本ライン」がある。名古屋の手前には近鉄の「黄金(こがね)」駅もある。なあんだ、ここには「ラインの黄金」が揃っているではないか。とまあ、アホなことを思いつつアーバンライナーで名古屋に向かう。
 愛知県芸術劇場で「ニーベルンクの指輪」のシリーズが始まる。新国立劇場では昨年から始まっているし、この秋にはびわ湖ホールでもスタートするので、ときならぬ四部作ラッシュの様相だ。ただ、名古屋の場合はこれをアマチュアオーケストラがやるというのだから恐れ入る。

ヴォータン:青山貴
 アルベリヒ:大森いちえい
 ローゲ:升島唯博
 ファーゾルト:長谷川顕
 ファーフナー:松下雅人
 ミーメ:神田豊壽
 フリッカ:相可佐代子
 エルダ:三輪陽子
 フライア:金原聡子
 フロー:大久保亮
 ドンナー:滝沢博
 ヴォークリンデ:大須賀園枝
 ヴェルグンデ:船越亜弥
 フロースヒルデ:加藤愛
 管弦楽:愛知祝祭管弦楽団
 指揮:三澤洋史
 演出構成:佐藤美晴

思い起こせば三年前、2013年の8月に「パルジファル」を上演して以来の取組になる。無謀の誹りを受けかない挑戦だったが、クンドリの清水華澄さんを筆頭にとても聴き応えのある演奏だった。その成功がきっかけとなって四部作に話が膨らんだのだから、何とも気宇壮大なことだ。そして、それが本当にスタートする。

青山貴さん、長谷川顕さんあたりは、ワーグナー上演で実績のある人だからいいとしても、地元中心に固めたソリスト、何よりも巨大編成のオーケストラにとっては一年の準備期間があるとはいえ、辛苦の連続ではなかったか。このプロジェクトを引き受けた三澤洋史さんにしても、新国立劇場のコーラスの仕事の傍ら相当のエネルギーを割いたはずだ。

その成果は演奏に出ている。出だしこそ「今日のライン川は濁り気味」なんて印象は確かにあったが、委細かまわずオーケストラの集中力が切れないし、ヒートアップしてくるのが客席で判る。私も冒頭のライン川の場面は眠かったのだが、青山ヴォータンの登場からは聴かせる。もともと、彼がヴォータンを歌うのだったら、オーケストラはどうなるかは別として名古屋まで行く価値ありと判断したのだ。青山さんの歌は聴くたびに進化している。国内に限れば押しも押されぬせぬヴォータンという日は近い。たぶん、このシリーズではずっと歌うのだろうし、そうあってほしい。

他の歌手で目立ったのはファーゾルトの長谷川顕さんとローゲの升島唯博さんだ。長谷川さんは役柄が身についている安心感がある。升島さんはたぶん初めて聴く人だけど、最初は少し弱い印象があったものの徐々に良くなっていく。考えようによっては、ローゲこそこの物語の黒幕、ヴォータンはじめ神々ばかりか地上、地下の世界も手玉にとって、神々の没落を笑い飛ばす不気味さ。ヴェルディのイヤーゴのようなキャラクターかも。今回の佐藤美晴さんの演出では、舞台奥に設えられた雛壇の上のソファにふんぞり返る幕切れのローゲの姿が、錯乱するオテッロを踏みつけるイャーゴの姿に重なる。ヘンな見方かも知れないけど。

地元の人を揃えた女声陣はややインパクトに欠けるのは正直なところ。まあ、「ラインの黄金」は男のオペラだから、ヴォータンと二人の巨人とローゲが揃えば大きな瑕疵にはならないと言える。次の「ワルキューレ」になるとそうはいかないので、なるほど、キャスティングも清水華澄さんがジークリンデにクレジットされている。

セミステージ形式というのだろうか、舞台奥の小舞台のほか、プロセニアムのオルガンの前やバルコニーも使っての演出、動きや照明にやり過ぎ感はなく苦心の跡が窺える。そして、オルガンの前の座席には叫び声を上げる人たちが何十人も配置されている。カルショウの歴史的録音では子供の声を使っていた場面のためだけの動員だ。金床の人数も多くて凄まじい音響となる。こうなると人海戦術ふうだ。こういうところ、あとの三作と違う「ラインの黄金」ならではかも。

三澤さんのテンポは「パルジファル」のときと同様、かなり快速だったとはいえ、休憩なしの2時間半、じっと座っているのはつらい。エコノミー症候群の危機だ。それに、開演前にしつこくアナウンスがあったのに、やはり途中で我慢しきれずトイレに立つ人が何人かいた。ファンの高齢化が進んでいる今、ちょっと考えものかも知れない。場面の切れ目はあるのだから、休憩を入れても何ら問題はないはずだ。そうでもしないと、紛糾必至の株主総会に臨む経営陣のように、そのうちオムツ着用なんてことになりかねない。私は行ったことはないが、バイロイトでは木の椅子で客席を縦方向に分断する通路もほとんどないらしいから問題はもっと深刻かも。トイレでなくても気分が悪くなった人はどうすればいいのだろう。まあ、ワーグナーのこと、人のことなんか構っちゃいないのは判るけど。

ちょっと前にe-plusから「ニーベルングの指環」要約コンクールという妙なメールが届いた。

難解にして超大作、ワーグナーが26年の歳月を費やして完成させた『ニーベルングの指環』。この作品の物語を最大1,200文字以内の文章にまとめて伝えてください。あなたが実際に観て聴いて感じたこの作品の魅力・物語のあらすじを、これから初めて観る人にも分かりやすい言い方でまとめて送ってください。

ウィーンの歌劇場と演目が重なり新国立劇場のチケット販売が苦戦しているのだろうか。そんな背景を想像する。賞品はオペラ鑑賞ペアチケット(54,000円相当)ということで、ちょっと心が動いたが、彼らの商売の片棒を担ぐようなものだし、それに迎合した要約を書くのも気が進まずパスを決め込む。期待される要約のトーンはこんなものらしい。

ワーグナーの楽劇「指輪」は、序夜『ラインの黄金』、第1日『ワルキューレ』、第2日『ジークフリート』、第3日『神々の黄昏』という4つの楽劇で構成されており、全部を合計した演奏時間は15時間に及ぶ、オペラ史上最大のスケールを持つ作品です。新国立劇場はこの4部作を2015年から全て上演する計画を進行させており、今年が『ワルキューレ』上演というわけです。
 「指輪」4部作の中でも最も人気の高い『ワルキューレ』は、オペラのファンや入門者にとって必見ですが、『ラインの黄金』を観ていない人からは、「いきなり『ワルキューレ』から観て、ついてゆけるの?」「『ワルキューレ』が全体の物語の中でどんな位置付けにあるのかわからなくて平気なの?」といった心配の声も届きます。そんな不安を払拭し、多くの方に名作を観てもらうきっかけを作るべく、当メールをご覧のオペラファン、クラシック音楽ファンの皆様のお力をお貸しください。

「ラインの黄金」を観て聴いたら、それで「ニーベルンクの指輪」は解る。ということは「ワルキューレ」以降は観なくたっていい、それじゃあ身も蓋もないか。
 "いちおう神(どこが?)のヴォータンが非道の限りを尽くした果てに破滅に至る"、要約すればそういうこと。あれっ、これだと一行で済んでしまう。あるいは、"ラインの乙女たちが守っていた黄金が奪われるが紆余曲折を経て3日後(あるいは3年後)には無事戻って来る"、こっちでも50字程度で済みそう。
 まあ「ラインの黄金」ではそれが全て予告されていて、あとの三作はそのディテールを観るだけとも言えるから、あながち極論でもなさそう。もちろんそれぞれに魅力的な音楽があるし、その毒にどっぷりと浸かりたい人、ピカレスクロマンが大好きな人には延べ15時間のお付き合いをお勧め、なんて。こんな調子じゃ入賞は覚束ない。俳諧の世界じゃないが、どれだけ短く要約できるかのコンクールのほうが面白そうだ。

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