こちらのニューイヤー・オペラコンサート
2017/1/6

年末の紅白歌合戦を見ることはないが、正月3日のニューイヤー・オペラコンサートは録画で観ることが多い。いずれの番組もNHKの生中継での全国放送、歌い手にしても、これに出る出ないでステイタスも違ってくるはず。ただ、(現時点の)人気、実力を兼ね備えた人ばかり出るとは限らないのが、この種のイベントの常で、毎年の舞台裏での選考の苦労をあれこれ想像するのもひとつの楽しみ方だ。(過去の)実績重視の傾向は否めないにしても、(現時点の)注目株にも幾分かは目配りしていることが窺えるのがニューイヤー・オペラコンサートかと思う。

さて、こちらはNHKとは関係ない。大阪交響楽団のいずみホール定期演奏会として開催されたもの。

ニューイヤー・オペラ・ガラ・コンサート 2017年
   ソリスト:横山恵子/長町香里/田中友輝子/笛田博昭/桝貴志
 ヨハン・シュトラウスⅡ:「こうもり」〜 序曲
 ヨハン・シュトラウスⅡ:「こうもり」〜 公爵様、あなたのようなお方は 長町
 ヘンデル:「セルセ」〜 オンブラ・マイ・フ 田中
 ロッシーニ:「セヴィリアの理髪師」〜 私は町のなんでも屋 桝
 ビゼー:「カルメン」〜 第3幕前奏曲
 ヴェルディ:「アイーダ」〜 清きアイーダ 笛田
 ヴェルディ:「アイーダ」〜 凱旋の合唱 合唱
 ワーグナー:「タンホイザー」〜 厳かなこの広間よ 横山
 ワーグナー:「タンホイザー」〜 歌の殿堂をたたえよう 合唱
 ヴェルディ:「トロヴァトーレ」〜 炎は燃えて 田中
 ヴェルディ:「ドン・カルロ」〜 死の時が来た 桝
 ヴェルディ:「リゴレット」〜 慕わしき人の名は 長町
 ヴェルディ:「リゴレット」〜 愛する美しい乙女よ 長町/田中/笛田/桝
 プッチーニ:「トゥーランドット」〜 この宮殿の中で 横山
 プッチーニ:「トゥーランドット」〜 誰も寝てはならぬ 笛田
   バンダ:相愛大学音楽学部
   合唱:堺シティオペラ記念合唱団
   合唱指揮:中村貴志
   指揮:柴田真郁

昼夜2公演、まるで芝居かミュージカルのよう。私は夜の部を聴いた。客席の入りは淋しい。昼の様子は知らないが、800人のホールの半分いったかどうかという程度だ。5人の歌手の顔ぶれを見て、はじめから凸凹があるとは思っていたが、そのギャップが更に大きくて、その点では予想が外れた。

大阪交響楽団を指揮する柴田真郁さんは若い人で、海外で活躍中のようで期待したものの、いきなり「こうもり」序曲で、あららという感じ。オーケストラの問題かも知れないが、とにかく粗い、木管群のフレージングはお粗末だし、全体の音色が全くブレンドしない。緩急を付けるのは定石だが結節点が綻んでいる。おいおい、この先、大丈夫かというところ。エンジンのかかりの遅いオーケストラだけに、これを冒頭に持ってくるリスクは大きい。

続いてアデーレのクープレを歌った長町香里さん、関西歌劇団の若手ソプラノ、後半で歌ったジルダともども、この声域の歌い手は多くて競争率が高い。その中で際立った個性を発揮できるかどうかに今後のキャリアがかかっていると言える。今回聴いただけでは即断できないが、そういうsomethingを感じるには至らなかった。そつなく歌ってはいるのだけど、音域ひとつにしても、余裕というか伸びしろの存在を感じることはできなかった。

今回の公演、コーラスに堺シティオペラ記念合唱団が入り、関西歌劇団のベテランで堺シティオペラの理事でもあるメゾソブラノの田中友輝子さんが登場する。大阪交響楽団の本拠地は堺東だから縁が深い。そんな背景やプログラムの構成もあるし、この人の出演には大人の事情があるのだろう。オペラ公演でもないので、歌唱についての無粋な論評はしたくない。

桝貴志さんが客席後方から歌いながら登場して、フィガロのアリアで少し雰囲気が盛り上がってきた。NHKのほうで上江隼人さんが歌ったナンバーと同じ、この二人のバリトンは似ている。歌のフォームがしっかりしていて、息の長いメロディラインが崩れることがない。桝さんが後半で歌ったロドリーゴの二つのロマンツァなどその典型だ。拍手で中断してアリアふたつ分を歌ったわけだが、見事なものだ。惜しむらくは、この両名とも、もう少しの声量があればというところだ。いずみホールなら充分でも、2000人規模のホールだと…

対照的なのは笛田博昭さんだ。この人の声には、いずみホールは小さすぎる。NHKではアムネリスとのデュエットだったが、こちらではラダメスの冒頭のアリア。国内では珍しいロブストの声で貴重な存在、重めの声がガンガン声が飛んでくるのはそれだけで爽快、運動性の高いリリコとはまた違った味わいがある。後半の「リゴレット」の四重唱はさすがに抑え気味にしていたが、まあ、このナンバーはテノールがリード役なのでバランスを失することはない。大トリがこの人のカラフのアリアということでずいぶん盛り上がる。

笛田さんが登場し、重いレパートリーに移る前に「カルメン」の第3幕前奏曲を挟んだのは疑問だ。ポーズをとるなら別の曲を選ぶべきだろう。「カルメン」のナンバーがプログラムにあるわけではないのに、ソロ楽器が目立つ一方で奏者に全く歌心がないときては感興を殺ぐこと甚だしい。これはまずい。

オーケストラも、コーラスも、女性は色とりどりのドレスで見た目に鮮やか、出だしは衣装とは裏腹に華やいだ感じはなかったものの、進むにつれて尻上がりとなり、前半の最後はたっぷりと凱旋のコーラスナンバーで締めくくり。アイーダトランペットこそなかったものの、パイプオルガンの両脇のバンダは熱演、舞台のオーケストラにも喝が入ったかな。

後半のオープニング、横山恵子さんが登場、「タンホイザー」のアリアとコーラスの順番を差し替えたのは、「トゥーランドット」とのインターバルを長くするためだろう。それほど重量級の歌が2曲なのだ。横山さんを聴くのはずいぶん久しぶりのような気がする。こんなに立派な体格だったかなと思ったが、貫禄が付いたということか。いやあ、歌のほうも素晴らしかった。どちらのアリアも、ただ上手に歌うというだけでは済まず、場面を舞台を支配してしまう声を要求するナンバーだが、横山さんの歌は間然するところがない。強靱でありながらコントロールが効いていて、決して叫び声にはならない。まさに別格。この2曲を聴けただけでも値打ちのあるコンサートだ。

最後は「トゥーランドット」のナンバーが続いたわけだが、笛田さんのときには女声コーラスを入れたのに、横山さんのときに群衆のコーラスが入らなかったのは何故だろう。それよりも、アリアの最後に、Gli enigni sono tre, la morte è una! となって、それに重ねるようにカラフの No! no! Gli enigmi sino tre, una è la vita! というフレーズが歌われなかったのはとても残念だ。せっかく、これ以上ないカラフが控えているのにと思ったが、このシチュエーションでカラフの大見得で終わってしまうのはまずいとの配慮だろうなあ。

舞台裏の思惑も想像しつつ、歌を楽しむというのは、私もすれっからしのオペラゴーアーか。かくして、2017年、最初のコンサートとなる。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system