びわ湖ホール「連隊の娘」 〜 これは関西人のオペラかも
2017/2/11

ドニゼッティの数あるオペラの中でも、「連隊の娘」は私の大好きな作品だ。各ナンバーはとても魅力的だし、珠玉の歌が連なる全体の長さも適当だし、お話は他愛ないにしても楽しいハッピーエンド、もっと上演したらいいのにと思うのに、二期会にしても藤原歌劇団にしても、記憶にある限りついぞ取り上げたことがない。その理由ははっきりしている。主役のソプラノとテノールを歌える人が稀だし、その二人が揃わないとこの作品の魅力が伝わらないからだ。そんなオペラをびわ湖ホールで上演するという年間スケジュールを見たとき、無謀とまでは言わないが、ほんとうにやれるんだろうかと思った人は少なくないだろう。私もその一人だ。

ところが、この難物を、びわ湖ホール声楽アンサンブルメンバーでここまでやるとは、恐れ入りましたと言うしかない。私以上に辛口の友人とも意見の一致をみた、これは間違いなく、アタリ公演である。

マリー:藤村江李奈
 トニオ:山本康寛
 侯爵夫人:本田華奈子
 スュルピス:砂場拓也
 オルテンシウス 林隆史
 農夫:増田貴寛
 伍長:内山建人
 管弦楽:大阪交響楽団
 指揮:園田隆一郎
 演出・お話:中村敬一

私が愛聴するレコーディングは、ジューン・アンダーソンとアルフレード・クラウスとのコンビによるパリオペラ座のライブだ。衰えを知らぬクラウスの若々しい声と、ライブならではの空気感が魅力のCDだ。こんな素敵な録音なのに、確か、これは国内発売されなかったのではないかな。そんなところにも、このオペラの日本での不遇をみる思いがする。
 さらに、唯一、私が舞台を観たのは、ファン・ディエーゴ・フローレスのトニオだから、ますます閾値が高くなるというもの。

そして、今回のびわ湖ホール。期待値を低めに設定して望むのが無難かなと思っていたら、いや失礼した。これは予想をずいぶん上回る、見事な上演だ。この日はパリでの初演からちょうど177年目に当たるそうだ。

マリーを歌った藤村江李奈さんの歌唱は丁寧で花もある。美声だし、私の好きなタイプの声だ。第1幕の終わりの「さようなら…」のアリア、第2幕の「お金も地位も…」のしっとり情感溢れる歌は素敵だ。後者のカバレッタ部分、「フランス万歳…」の部分の喜びの表現についても、連隊のメンバーが登場したあと、一段と明度を上げた歌いぶりは見事だ。はじめは演技に硬さが感じられたものの、幕が進むにつれてこなれてきた。彼女自身も手応えを感じて、上り調子を自覚しているんじゃないかな。これまで、大舞台での主役を演じたことはない人だと思うが、才能のはある人はいるものだ。課題は、今回は中ホールだけど、大ホールも声で満たすことができるかだろう。

アリアトニオの山本康寛さんは高音の出る人のようで、プレトークに立った中村敬一さん(この人の解説は口跡もいいし、いつもお話は簡潔明瞭で好感が持てる)によれば、今回の舞台ではハイCをさらに半音上げてという準備をしているとのことだったが、私の耳ではそこまでは出ていなかったような気がする。それにしても、不安なく第1幕の「友よ、今日は楽しい日…」後半部分のハイC連発が聴けるテノールというのは、国内に何人いるのだろう。彼は数少ないその一人だろう。これなら、フローレスがしたように、後半部分のアンコールもやりそうな雰囲気だったが、さすがに、それは、なし。
 ただ、惜しいことに、この人は高音は見事に出るのだが、中音域の潤いに不足するのが残念だ。オリジナルのオペラコミーク版の上演なので、フランス語の台詞も入る。台詞のところを聞いても、山本さんは声がいいとは言えない。歌のテクニックならともかく、声そのものは天性のものだから致し方ないのだが惜しい。

園田隆一郎指揮の大阪交響楽団、オペラのピットには比較的よく入っているオーケストラだけど、序曲を聴くに、もっさりとしていていまいちだ。動きが鈍重だ。喜劇のオープニングに相応しい気分が浮き立つような軽やかさを求めたいのだが、管楽器のフレージングには小股の切れ上がったような魅力はないし、弦楽器の響きももやっとしている。幕が開いてからは徐々によくなっては来るのだが、先陣切っての気概が欲しいところだ。

びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーは、農民からフランス軍兵士に早変わりしたり、貴婦人になったりと大わらわで大健闘だ。スュルピス役の砂場拓也さんも主役二人に絡む場面が多くていいアンサンブルを聴かせていた。中村敬一さんの演出は目まぐるしく変わる場面を上手く整理していたし、ドラマの進行を邪魔しないところがいい。
 こうしてみると、大きな期待を抱かず訪れたびわ湖ホールで、思いがけず渇きが満たされたと言ってよい。びわ湖ホール声楽アンサンブルメンバーで、ここまでやるとは快挙と言ってもいいかも。

楽しい公演がはねて表に出たら、屋外のエスカレーター横に雪だるまが鎮座していた。往きに乗車した近江塩津行きの新快速は積雪のため米原に行先変更となっていたが、大津では路面の雪は消えている。でも、その前にはだいぶ降ったようだ。大津警察署の横を入りJR膳所駅までのショートカットを歩きながらふと思った。この「連隊の娘」は、松竹新喜劇や吉本新喜劇に通じるものがあるなあ。長さも適当、ギャグありドタバタありで笑わせるかと思えば、ほろっとさせるところもあって、スピーディに大団円、めでたしめでたしハッピーエンドとなるという造りだ。そういう意味では、これは関西人に馴染む作品と言えるかも。

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