東京・春・音楽祭「神々の黄昏」 〜 有終という訳には
2017/4/4

公演間近となった3月の終わり、出演者変更のメールが転送されてきた。あらあら。花粉症と風邪が合併して体調最悪のところに、これか。片道2000円のピーチはキャンセルなんてできないし、まあいいか。上野の桜も満開だろうし。

ジークフリート役のロバート・ディーン・スミスとブリュンヒルデ役のクリスティアーネ・リボールは、急な体調不良による音声障害で歌うことができず、代わって全公演のジークフリート役をアーノルド・ベズイエンが、4月1日公演のブリュンヒルデ役をレベッカ・ティームが務めることになりました。 お客様には変更に至りましたことを、心よりお詫び申し上げます。 なお、この変更に伴う払い戻しは承りません。何卒ご理解を賜れ(ママ)ますよう、謹んでお願い申し上げます。
 ジークフリート:ロバート・ディーン・スミス→アーノルド・ベズイエン(4月1日、4日)
 ブリュンヒルデ:クリスティアーネ・リボール→レベッカ・ティーム(4月1日)

 アーノルド・ベズイエン(テノール) Arnold Bezuyen(Tenor)
 オランダ生まれ。近年では、バーミンガムで《さまよえるオランダ人》エリック、東京・春・音楽祭で《ラインの黄金》ローゲ、フリードリヒスハーフェンで《神々の黄昏》ジークフリート等を歌った。バイロイト音楽祭にも出演を重ね、『ニーベルングの指環』でクリスティアン・ティーレマンらと共演。

ジークフリート:アーノルド・ベズイエン
 グンター:マルクス・アイヒェ
 ハーゲン:アイン・アンガー
 アルベリヒ:トマス・コニエチュニー
 ブリュンヒルデ:クリスティアーネ・リボール
 グートルーネ:レジーネ・ハングラー
 ヴァルトラウテ:エリーザベト・クールマン
 第1のノルン:金子美香
 第2のノルン: 秋本悠希
 第3のノルン:藤谷佳奈枝
 ヴォークリンデ:小川里美
 ヴェルグンデ:秋本悠希
 フロースヒルデ:金子美香
 管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
 指揮:マレク・ヤノフスキ
 合唱:東京オペラシンガーズ
 合唱指揮:トーマス・ラング

生身の人間のこと、体調不良はあることだから仕方ないし、キャスト変更でいちいち払い戻ししていたのでは堪らないのは解るにしても、結果からすると、払い戻しに値する主役交代だったように思える。ジークフリートがこれではサマにならない。

代役のジークフリート、アーノルド・ベズイエンが、この役を歌ったと紹介されているフリードリヒスハーフェンとはどこだろう。調べてみると、ドイツ、スイス、オーストリアの国境となっているボーデン湖の畔のようだ。行ったことのあるスイス側のザンクト・ガレンとは湖を挟んで真北にあたる。彼が出演した「神々の黄昏」は、2013年のBodenseefestivalの一環として上演されたものらしい。この街ゆかりのツェッペリンの名を冠した音楽祭会場で、オペラが上演されるホールは専用劇場ではなくコンサートや会議にも使われる多目的ホールのようだ。昨年の東京・春・音楽祭のジークフリートで、若々しくパワフルな歌に仰天したアンドレアス・シャーガーの代役として出演したというのも因縁めいている。
 思うに、リダクションが施された編成で、東京文化会館のステージ一杯のオーケストラとは比較にならない規模かも知れない。そんな想像をしてしまうような声量なので、他の出演者とは全くバランスがとれない。脇役ならともかく、柱となるべきキャラクターがこの状態では辛いものがある。
 ロバート・ディーン・スミスは、来日してリハーサルまで参加していたらしいので、急な代役ということだったんだろう。そんな事情は開演前にもアナウンスされているから、カーテンコールでは暖かい拍手が送られていたのだが、もう歌唱を論評する以前の問題と言うしかない。昨年のジークフリート、シャーガーの歌を聴いているだけに、その落差に暗然とする。

初日をキャンセルしたクリスティアーネ・リボールは、予定どおりブリュンヒルデを歌った。音声障害がそんなすぐに回復するのかどうか不明だが、どことなくひ弱さを感じさせたものの、幕切れの独り舞台も何とか歌いきった。ジークフリートほどがっかりではないが、主役のカップルの存在感が薄いとねえ。

この二人はさておき、他のキャストはとても充実している。まさに脇役たちの「神々の黄昏」というところ。ハーゲンのアイン・アンガーの強面ぶりは役柄にぴったりだし、アルベリヒのトマス・コニエチュニーの個性的な歌もいい。女声陣では グートルーネのレジーネ・ハングラー、それにヴァルトラウテのエリーザベト・クールマンが見事。二組の国内トリオも大健闘だ。

そして、演奏会形式ということもあって、NHK交響楽団の活躍ぶりが特筆ものだ。ヤノフスキの快速ぶりにも拘わらず、ワーグナーの重量感を失わないオーケストラの実力は大したものだ。ワーグナーのオペラをオーケストラ中心に聴く人なら満足の出来映えではないだろうか。それでも、やっぱりオペラは歌手だなあ。重要な二人が凹むとどうにもならない。この二人以外の部分で楽しめたのはいいにしても、5時間近い楽劇を堪能したとはとても言えない。

そんな演奏だったから、逆説的になるが、キャストが揃ったら感じないだろう「神々の黄昏」という作品の弱さを実感した。四つの作品の中で、この作品はドラマとしても構成としても見劣りがする。インストルメンタル部分では素晴らしい音楽も多いのだけど、前作の説明にやたら時間を費やす台本の冗長さは、コマーシャルの後に前段の繰り返しを流すバラエティ番組のようで鬱陶しいし、それと裏腹の本来のドラマ進行の性急さが気になる。例えば、ジークフリートがギービヒ家で奸計に嵌まる場面や、ブリュンヒルデが連れられてきてからの展開はワーグナーらしからぬハイスピードだ。一夜の上演で最後の破局に向けての辻褄合わせが必要というのも判るのだけど、5時間近くのオペラにおいて、劇的展開の緩急のバランスが上手くとれていない。もっとも、それは演奏会形式だからこそ気付くことなのかも。

4年にわたり進められてきた東京・春・音楽祭の「ニーベルンクの指輪」、序夜を除いた三作を聴いたのだが、最後に味噌をつけてしまったのは残念だ。

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