関西二期会「イリス」 〜 残念な3回目
2017/5/28

マスカーニという作曲家はとらえどころのない人だ。一作ごとにコロッとテーマも語法も変わる。「カヴァレリア・ルスティカーナ」のイメージで聴くと、肩すかしを喰わされる。ある意味では面白い作曲家で、わが家のCD棚にはずいぶんレアな作品も並んでいる。この「イリス」は、"Le maschere"、"Parisina(*)"、"Sì"、なんてあたりからするとポピュラーなほうかも知れない。国内上演に接するのもこれが3回目になるのだから。

(*)"Parisina"
 公演プログラムには《パリの女 Parisina》と表記されていたが、作品名の “Parisina”は実在の人名で、”Parisina Malatesta”がフルネーム。イタリア語でパリは”Parigi”なので、「パリの女」 なら”Parigina”(男性なら"Parigino”)となる。

イリス:福田祥子
 チェーコ:服部英生
 オーサカ:松本薫平
 キョウト:大谷圭介
 芸者:鬼一薫
 行商人:島袋羊太
 くず拾い:藤田大輔
 指揮:ダニエーレ・アジマン
 管弦楽:大阪交響楽団
 合唱:関西二期会合唱団
 演出:井原広樹 

純朴な田舎娘が、その美貌の故に好色な遊び人に目をつけられ、女衒に攫われて紅灯の巷に。屈辱感と父親の叱責での絶望から自死に至る。お話はそれだけで、3幕もののオペラだけど第2幕でストーリーは終わってしまう。終幕は、死後の世界から一転、再生を暗示するような太陽への讃歌で閉じられる。どうみても、ドラマトゥルギーに富んだ台本とは言い難い。こうなると、音楽で、歌で、もたせるしか道は無いように思う。なかなかハードルの高いオペラだ。

タイトルロールを歌う福田祥子さんは、プログラムを見ると大阪音楽大学ピアノ科卒業後、声楽に転向という異色の経歴の人。ドラマティック・ソプラノという言い方もしていて、ワーグナーの役も歌っているらしい。私はこれまでに聴いた記憶はない。確かに強い声はあるし、美声と言ってもいい。でも正直なところ、全然、感心しない。どんなソプラノだろうと期待していたのに、いささかがっかりしてしまった。キーロールがこれでは、弱い台本のオペラだけに、客席に座っているのが苦痛だ。
 欠点を論うのは本意ではないのだけど、改善の必要なところが沢山あると思う。中音域から高音域まで繋がる声の均質さがない。あんな頻繁にsfの記号が付いているはずはないと思うのだけど、言葉の妙なところに強勢が入り後の音符が極端に弱くなり歌に滑らかさがない。それにオーケストラの音楽からもはみ出し気味だ。イタリア語のディクションも悪く何と言っているのかさっぱり判らない。でも、まだ若い人だし、これからか。

オーサカ役の松本薫平さんは少しビブラートが強くなった気もするが、相変わらずのイタリアン・テイストの音色は気持ちいい。キョウトの大谷圭介さんも悪くないし、ダニエーレ・アジマン指揮の大阪交響楽団もいい。でも、やはりこのオペラは主役ソプラノ次第、どうも最後まで気分が盛り上がらないままになってしまった。5月、豊橋で信じられないほどの舞台に接しただけに落差が大きすぎる。

尼崎に早く着いて、どこか美味しそうな店はないかと、向かったのが地元で評判のいいらしいグリル一平、アルカイックホールから庄下川を挟んで真西に当たる。こちらのほうに足を踏み入れたことはなかったが、ファサードの異様さにびっくり。昔ながらの洋食屋でランチ1000円はまあまあリーズナブルかな。さすが阪神尼崎、ここは悪所、筋向かいにはファッションソープ何某とかがあって、ちょっと引いてしまいそうな場所だった。
 それで思ったわけではないが、このオペラの演出はもっとやりようがあるのではないかということ。今回の井原広樹演出も、ありきたりな北斎の浮世絵をモチーフにしたもの。時代設定は明治初期ぐらいの感じだが詳細は不明だ。ヨーロッパでジャポニズム風にやるならそうなるのだろうけど、日本で日本人演出家が同じようなことをしているのはどうなんだろう。このオペラでは台本の縛りは少ないし、テーマは日本に限らずどこの国にもありそうな普遍性を持っている。いくらでも読み替えはできる。それが不自然にもならないだろうし、JKビジネスだとか、AV出演強要事件だとか、昨今の世相に照らしたアクチュアルな問題提起だって不可能じゃない。これが韓国だったらイリスを従軍慰安婦に仕立てる発想も飛び出すだろう。いずれもスキャンダラスなものになりかねないが、それぐらいの挑戦意欲があってもよさそうなものだけどなあ。

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