愛知祝祭管弦楽団「ワルキューレ」 〜 三河も尾張も
2017/6/11

昨年に続いて名古屋で「ニーベルンクの指輪」第一夜「ワルキューレ」を観る。これは、新国立劇場合唱団の指揮者、三澤洋史さんを迎えて、アマチュアオーケストラの愛知祝祭管弦楽団が取り組んでいる四年がかりのプロジェクトだ。

ジークムント:片寄純也
 ジークリンデ:清水華澄
 フンディング:長谷川顕
 ヴォータン:青山貴
 フリッカ:相可佐代子
 ブリュンヒルデ:基村昌代
 ゲルヒルデ:大須賀園枝
 ヘルムヴィーゲ:西畑佳澄
 オルトリンデ:上井雅子
 ヴァルトラウテ:船越亜弥
 ジークルーネ:森季子
 ロスヴァイセ:山際きみ佳
 シュヴェルトライデ:三輪陽子
 グリムゲルデ:加藤愛
 管弦楽:愛知祝祭管弦楽団
 指揮:三澤洋史
 演出構成:佐藤美晴

何と、客席はほとんど埋まっている。このオペラにはコーラスは登場しないが、大編成のオーケストラなので、メンバーの何倍かの動員は身内で期待できるにしても、それだけではコンサートホールのキャパには足りない。昨年の「ラインの黄金」も熱気に満ちたものだったから、これは期待の表れだろう。オーケストラは今回も全力投球、管楽器を中心に綻びはあるにしても程度問題で、それはプロでも同じ。舞台上の全員がその気になって演奏しているさまは好ましいし、ちゃんとワーグナーの音がする。

歌い手はなかなかのキャスティングだ。もう国内ではヴォータンの第一人者となった青山貴さん、初めて聴いたのは2013年のびわ湖ホール、来年3月にも再び大津で歌うことになっている。もうすっかり役が身について、安定しているし、自信が窺える。

青山さんは予想通りだが、ジークリンデの清水華澄さんは予想を上回る素晴らしさ。今回の公演でいちばんの収穫かなと思う。この人は、名古屋での「ニーベルンクの指輪」の無謀(?)なプロジェクトのきっかけとなった「パルジファル」でクンドリを歌った人。あのときも良かったし、叙情的で全く性格の異なるジークリンデを歌っても見事だ。

件の「パルジファル」の題名役、今回の兄妹役ジークムントの片寄純也さんはちょっと微妙だ。声の力はあるし、その点では問題ないのだけど、ムラがあるのとパワー一辺倒では行かないジークムントという役に合っているかどうかとなると、何とも言えないところだ。今回の公演はコンサートホールが会場、同じ建物の大ホールで2006年にドミンゴが歌ったのを聴いているので、どうしても比較してしまう。長い四部作の中でこの兄妹だけが生身の人間を感じさせるキャラクターだけに、もっと深みがほしいところだ。

長谷川顕さんのフンディングも何度も歌っている役なので安定感がある。第2幕で倒れるシーンではプロセニアムに大音響とともに崩れ落ちたが、大丈夫だったのか、打撲傷にならなかったのかと思うほど。最後のカーテンコールには元気に現れていたので大丈夫だったんだろう。

フリッカの相可佐代子さんは、ちょっと残念な感じ。声がかすれ気味でギスギスしていていただけない。そういう恐妻の役作りのつもりだった訳ではないと思うが。対照的にブリュンヒルデの基村昌代さんは若さの勢いがある。初めて聴く人だと思うが、将来性を感じさせる。

今回の公演は昨年の「ラインの黄金」と同様にセミステージ形式で、小舞台とプロセニアムのスペースを使った演出が施されている。照明の使い方など、いまひとつのところもあったが、制約の中でよく整理されていたと思う。この「ワルキューレ」は演出次第でずいぶん違った舞台になる。先年のびわ湖ホールの動きの多い演出はとても面白かった(逆に、来春のト書きそのまんまのハンペ演出は期待薄)。

私がこの作品で一番好きな場面は第2幕の死の告知のところ、ブリュンヒルデとジークムントの二重唱だ。一方でとても退屈だと思うのが、第2幕のヴォータンとフリッカの夫婦喧嘩の場面と終幕の父娘の告別の場面だ。ヴォータンという人物(神?)には感情移入できないところがある。恐妻との口論の末に屈服してしまう場面と、自分に背いた娘への怒りから情にほだされて処置を緩和する場面、今回は特に長く感じたし、もとはと言えば自身の不行跡の招いたことなのに何を偉そうにと思うからかも。音楽としてもワーグナーは力を入れて書いているのだろうが、長い対話の末に変節するというのは演劇なら必然にしても、オペラでさらに長い時間をかける必要があるのか、実際の語りに要するよりも短い時間で説得力を持たせるのが作曲家の腕の見せ所ではないのかと思うのだ。こんなことを言うとワグネリアンから批難を浴びそうだけど。

午後3時開演、30分の休憩を二回挟んで終演は午後8時前だったので、かなりの快速ぶりということになる。近鉄特急で奈良まで戻る私にとってはありがたい。会場を出ると目の前のテレビ塔に「ブラタモリ in 名古屋」という文字が流れている。昨日の放映は見逃したが、もう一週あるらしい。この番組で名古屋を取り上げるのは初めてのよう。首都圏を離れて全国取材になってから、京都や大阪は言うに及ばず、ほとんどの政令指定都市が取り上げられているのに、名古屋はなかった。それだけ名古屋は魅力に乏しいということか。
 そのあたりは愛知県人というか行政も自覚的で、前に明治村を訪れたときに魅力向上のためのアンケートへの協力を求められたことがある。観光資源が乏しいことは否めないにしても、名古屋駅構内の案内の解りにくさとか、右回り左回りとか地下鉄の意味不明の案内を平気でやっている偉大な田舎だもの。そんなことを個別ヒアリングで答えた覚えがある。かく言う私はシーズンに何度かナゴヤドームに足を運ぶだけに、余計にそれが気になる。5月に豊橋で素晴らしいオペラ公演に遭遇し、今日だってそれなりに充実した公演だったのに。

数日前、ともだちから最近ネットで盛り上がっている「よくわかる都道府県」の愛知県版が秀逸だと教えてもらった。それがこれだ。作者は「おいでよ守山」ということになっている。愛知県に何度も来ている他県人からみても、これは膝を打つものがある。何と言っても「越えてはいけない境界線」というのが言い得て妙だ。隣同士の尾張と三河、言葉も違うしカルチュアも全く違う。仲が悪いわけでもなかろうが、あっちは別と多くの人が思っている。大阪と京都ほど極端でもないと思うが、近くて遠いことには変わりない。まあ、豊橋だって名古屋だって、いい公演をやってくれたら、関係ないんだけど。

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