テアトロマッシモ来日公演「椿姫」 〜 御年75でも
2017/6/24

この公演に出かけるオペラファンには、レオ・ヌッチの舞台を観るのはこれが最後かも知れないという気持ちがあったのではないかな。びわ湖ホールで言葉を交わした知人も同じことを考えていたようだ。誰しも思うことは同じか。

ヴィオレッタ:デジレ・ランカトーレ
 アルフレード:アントニオ・ポーリ
 ジェルモン:レオ・ヌッチ
 合唱: マッシモ劇場合唱団
 管弦楽:マッシモ劇場管弦楽団
 指揮:フランチェスコ・イバン・チャンパ
 演出 :マリオ・ポンティッジャ

いやいや、ヌッチ健在だ。こういう若いメンバー、ローカル歌劇場のなかではまさに座長の風格だ。声は出るし、演技も達者。何より凄いのは、台本の言葉への傾斜と、ヴェルディの旋律線が絶妙なバランスを保っていること。どちらかに揺れがちなバリトンは多いが、この人は違う。ヴェルディバリトンかくあるべしという規範のような域に達している。初めてナマで聴いたのは30年前のこと、METでのルーナ伯爵だった。バリトンの歌手寿命は長いといっても75歳、いわゆる後期高齢者なのに。

レナート・ブルゾンのジェルモン役は何度か聴いたが、ヌッチとは微妙にアプローチが違うのが興味深い。第2幕のヴィオレッタとの長大な二重唱、ブルゾンはどちらかと言えばソフトに手練手管で追い詰めて行くような感じたが、ヌッチのほうはずっとガチンコというか、より剛直なところがある。頑固親父が、最初にガツンと一発喰らわして、対話のなかで少し軟化するという風情、どっちも有りなんだろうと思う。

ともかく全曲の頂点であるヴィオレッタと父ジェルモンの二重唱は聴き応えがあった。タイトルロールのランカトーレも久しぶりに聴く。これまでの来日時のルチアやラクメではとても気になった、音声障害ではないかと思うぐらいの高音と低音の分離に中抜け、歌手生命は長くないのではないかと危惧したものだ。その傾向は完全に消えたとは言えない。本人もずいぶん努力したのだろうと思う。上と下の響きや音色に連続性が感じられないところは残るが、大して気にならない人も多いかも知れない。高音のコロラトゥーラを要求される第1幕では、改善されたもののまだ課題は残るなあと感じたが、第2幕になるとずいぶんスムースになった。何しろヌッチとの真っ向勝負、親子以上の年の差、いい影響もあったに違いない。

アルフレードのポーリ、すうっと声が伸びていい感じだ。こちらも若い、ヌッチはともかく、年齢に相応しいキャストでもある。新国立劇場でも歌っている人らしいが、私はそれは聴いていない。

最近は珍しくなくなったが、第2幕のジェルモン親子のカバレッタ、終幕のヴィオレッタの哀切なアリアの繰り返しも省略されず歌われた。後者のカットは問題だが、前者ことに父親のものはドラマの進行を無用にストップさせるだけで、あらずもがなの印象を受けることが多いのだが、ヌッチが歌うとそうでもない。諄々と息子への説得を重ねるというシチュエーションが鮮明になる。それを聞き入れずに激情に駆られ飛び出していく息子なので、第2場のカタストロフィーに説得力が増す。

ランカトーレはパレルモの出身らしい。これまで、ベルガモ、マリボールという歌劇場との来日だったのが、故郷のオペラハウスに帯同してのヴィオレッタ、気の入り方が違ったようだ。確かに尻上がりの好調で、カーテンコールでは何度もガッツポーズが出ていた。もっとも、この公演の主役はヌッチであったことは動かしがたい。この人、まだやれそうだ。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system