堺シティオペラ「ボエーム」 〜 本拠地は建替中
2017/9/10

南海高野線の堺東駅から約10分、阪神高速の出口からほど近い堺市民会館は堺シティオペラの本拠地である。何度も足を運んだ古いホールの姿が今はない。ここに新しいホールが出来る。既に骨組みは地上に姿を現している。その名もフェニーチェ堺、おっと、ヴェネツィアの劇場からクレームがつくんじゃないかと心配だが、ちゃんと仁義は切っているんだろうか。堺なんだからテアトロ・フランシスコぐらいのほうがよかったのでは。そんなアホなことを思いながら、建替中の代替会場、大阪狭山市のSAYAKAホールに向かう。 こちらは築造1400年、日本最古の溜池らしい狭山池の畔である。収容1200人の中規模ホールだ。

ミミ:並河寿美
 ロドルフォ:藤田卓也
 ムゼッタ:城村紗智
 マルチェッロ:森寿美
 ショナール:山岸玲音
 コッリーネ:井原秀人
 パルピニョール:上辻直樹
 べノア/アルチンドロ:クリスヤニス・ノルヴェルス
 合唱:堺シティオペラ記念合唱団
 合唱指導:岩城拓也
 児童合唱:堺シティオペラKid's Chor
 バレエ:西尾睦生
 管弦楽:大阪交響楽団
 指揮:柴田真郁
 演出:粟國淳

この作品は大傑作だ。何度観ても4楽章のシンフォニーを聴くような構成の巧みさに舌を巻く。第1幕と第4幕は双子のようなもので、テノールとバリトンの二重唱に始まり、男声が加わるドタバタ騒ぎのあと女声の登場で舞台の雰囲気が一変、その後の急展開に続く。第1幕では愛の高揚であり、終幕では哀切な別離である。そこでは、ご丁寧に第1幕の回想も入れ込んでいる。シンメトリカルでありながら、後半の展開は対照的だ。どちらの幕でも、屋根裏部屋の扉が開くことでドラマの転換が起きる。第1幕のミミの登場は愛の予感であり、終幕の乱痴気騒ぎを断ち切るムゼッタの突然の登場は前後の落差を際ただせる。なんという凄い舞台感覚なんだろう。第2幕はスケルツォだし、第3幕は緩徐楽章だ。第3幕の二組のカップルの四重唱なんて誰がこんな音楽を書けるんだろう。悲痛な別れの言葉と罵り合いの痴話喧嘩の合体、まさに音楽の才能と劇場センスが一体化したときの威力を如実に感じさせる瞬間だ。このオペラには、屋根裏部屋で寒さに震えていた直後に、屋外で飲食したりスカートを捲り上げたりとか、無茶苦茶なところはあるにせよ、そんなことはどうでもよいと思わせる。

そんな大傑作だから、歌唱がしっかりしていて演出がまともであれば、成功は約束されたようなもので、この日の「ボエーム」も充分に楽しめた公演だった。はじめ「市民オペラ?」なんて、そんな乗り気でもなかった堺育ちのカミサンも「うん、なかなかよかった」との御託宣である。まあ、カミサンの場合、「ボエーム」はMETで観たクライバー指揮の公演ぐらいしかないから、ハードルが高すぎるのだけど。

並河さん藤田さんのコンビを聴くのは何回目だろう。東京では実現しない組合せだが、こちらではゴールデンコンビだ。並河さんは何でも歌うがミミはどうなんだろうという気もある。蝶々さんならともかく、ヴェルディの諸役に相応しい声だから、彼女の声の厚みと暗めの色彩がミミにはマイナスに作用するのではないかとの危惧もあった、やはり、フレーニを聴いているカミサンからは「声が暗いわ」なんて感想が飛び出す。「私の名はミミ」では確かにそんなところがある。でも、それはそれ、悪いわけではない。同じことは藤田さんにも言えて、こちらの場合、私が「あまり力まないほうがいいなあ」と思っていたように、「冷たい手」ではちょっと力が入りすぎ。この人なら la speranza の関門なんて全く問題ないのに、力が入りすぎると美感がやや損なわれる。この人が川西でやったようなベルカントものを歌う機会が減っているのが残念だ。

第2幕以降は、二人ともヘンな力が抜けて自然で美しい歌が続く。カミサンの「なかなかよかった」に繋がるのだ。第3幕のシーンは並河さんの声質がプラスに作用するし、藤田さんとの息もぴったりだ。余裕さえ感じさせる。

もう一組のカップル、マルチェッロの森寿美さんは初めて聴く人かも知れない。若い人で、世知長けたバリトンという感じがないのがいい。ボヘミアンたちは何しろ若いのだ。ムゼッタの城村紗智さんは声が金属的なところがあり、どうなんだろう。美声ではあるのだけど。この人の第2幕の「私が街を歩くと」のところではピットの間延びが気になった。歌手に任せるのは悪いとは言わないが、ちょっと手綱を緩めすぎだ。柴田真郁さんの指揮にはそういうところがある。引き締まったオーケストラの部分と、歌手任せの部分のバランスが今後の課題なのかも。

休憩は二回、第2幕と第3幕の後にある。二度目の休憩のとき、隣のコンビニの灰皿のところで煙草を吸っていたら、演出の粟国淳さんもやって来たので、声をかけた。
「東京での演出とはだいぶ違いますね」
「あっ、新国立劇場でもご覧になりましたか。お金のかけ方も違いますし」
「でも予算の限られているなかで、綺麗な舞台になっていますよ」
「ありがとうございます」
 第1幕、第2幕、背景のパリの街並みの絵がよくできていて雰囲気がある。前面の舞台ともうまく調和している。奇を衒ったようなところは一切なく、人の動きも自然だ。びわ湖ホールで観たホモキ演出は衝撃的な読み替えで面白かったけど、オーソドックス演出もまたよし。

劇場通いも夏休みだったが、秋の気配とともに復活、5月の「トロヴァトーレ」に続く市民オペラのアタリ公演でシーズンが始まった。

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