名古屋の「ナヴァラの娘」・「道化師」 〜 ようやく新年
2018/2/4

藤原歌劇団の公演が名古屋にも進出してきた。わざわざ東京まで行かなくても、近鉄でちょいと出かけられるのだからありがたい。直前の東京公演を観た信頼するゴーアーの方が、行ける人は名古屋の公演にと書いていたので期待が持てそう(招待券で聴くような音楽評論家と違い、この人は常に自腹だし、その批評も凡庸な評論家の比ではない)。「ナヴァラの娘」は本邦初演、笛田博昭さんのカニオと砂川涼子さんのネッダでの「道化師」だから、言われるまでもなく、こちら前からチケットを手配済だ。

【ナヴァラの娘】
  アニタ:小林厚子
  アラキル:小山陽二郎
  レミージョ:坂本伸司
  ガリード:田中大揮
 【道化師】
  カニオ:笛田博昭
  ネッダ:砂川涼子
  トニオ:牧野正人
  ペッペ:所谷直生
  シルヴィオ:森口賢二
  合唱:藤原歌劇団合唱部
  管弦楽:セントラル愛知交響楽団
  指揮:柴田真郁
  演出:マルコ・ガンディーニ

「ナヴァラの娘」は肩すかしという感じだった。2幕あるのに50分程度、プログラムを読むとややこしそうなのだが、舞台を観ると判りやすいというかシンプル。作品自体もあらすじに音楽を付けたのではないかと思うほど、さっさと展開する。観る側が登場人物に感情移入する暇もない。どういうことなんだろう。作曲家マスネが面倒くさくなってこうしたのか、それとも1時間以内に終わらせるという制約でもあったのだろうか。ヴェリズモ作品とはいえフランスオペラ、分厚い響きが聞こえる一方で、激情の吐露は短くあっさりしたもの。イタリアの作品なら幕の切れ目で聴かせどころのナンバーが入るはずなのに、あれれという感じで、はい次。これでいいのかという思いが。

上演が稀なザンドナーイの「フランチェスカ・ダ・リミニ」でタイトルロールを歌ったのが小林厚子さん、あれは8年前のこと。残念ながらそのときの印象は薄い。今回もヴェリズモオペラの題名役、この間の進境なのか存在感はあるし歌自体もキャストのなかで抜きんでていた。如何せん、目立ったアリアもない作品なので、彼女には気の毒ではある。周りを固めるはずの男声陣が弱い。恋人役アラキルの小山陽二郎さんは本調子でないのか安定感がなく高音は破綻気味だ。東京での公演はそうでもなかったらしいのに。この台本と音楽で感銘を与えるには全ての歌手が万全でないと苦しい。ただでさえ、おいおいと思うドラマの進行だから、そっちに気をとられてしまうのだ。

「ナヴァラの娘」のあとに「道化師」を聴くと、世界中の劇場のレパートリーの中枢を占める作品と、そうでないものとの違いが際立つ。好き嫌いの問題は別にして、音楽はさておいても舞台作品としての出来不出来が歴然だ。「カヴァレリア・ルスティカーナ」とこの作品だけが、ヴェリズモの代表作として残っているのは頷ける。昨年、「妖精ヴィリ」と「外套」というプッチーニのダブルビルを観たが、あのときと同じような印象を受けた。

題名役を歌うのが笛田博昭さん、ご当地出身だし今回のチラシも東京公演とは違う名古屋バージョンで彼をクローズアップ、会場の愛知芸術センターの地下通路には同じ写真の巨大な看板があり、それを背景に記念撮影をしている人までいた。客席の入りはお世辞にも盛況とは言えないものだったが、休憩前とうって変わってヒートアップする。この人は見かけで力任せの自分流の歌い方をする人かと思いがちなのに全く違う。力強さと同時に端正さを感じる稀有な歌い手だ。それは豊橋でマンリーコを聴いたときの印象と変わらない。感情過多で外連に走っても不思議ではない役なのに、かなり抑制的な表現と見えるところも多い。
 仇敵シルヴィオの森口賢二さんが、ありがちな優男イメージはなくマッチョ風だったのと対照の妙がある。これは演出の考え方もあるのだろうか。なかなか面白い。
 トニオの牧野正人さんはなかなかの熱演だが、かつて藤原歌劇団の公演で聴いたピエロ・カプッチッリの印象が私には強すぎる。あのときはいきなり前口上のアンコールまであったのだから、他の歌い手はやりにくかっただろう。

ネッダの砂川涼子さんは、たぶんこれが初役だろう。藤原歌劇団での舞台デビューだった「イル・カンピエッロ」から聴いている私は、清純派で売り出した女優がキャリアを積んで一癖あるヒロインや汚れ役にも挑戦していく過程を見る思いがする。ネッダはきつめのメイク、コロンビーナ役に変わるところでは、ど派手な衣装に白塗りだ。女性はびっりするほど変わる。「ドン・パスクワーレ」では狡知に長けた娘、そして今回はドロドロの情念の女に。着実に芸域を拡げているのが嬉しい。

マルコ・ガンディーニの演出は、突飛なところはなくごくノーマルなものだが、美しい舞台だ。衣装も含めて色彩感覚が素敵だ。そして、柴田真郁さん指揮のセントラル愛知交響楽団の演奏については、メリハリがあると言えばいいのだけど、なんだか雑に感じるところもある。テンポを揺らすのはともかく、蝿のとまるほど遅いところではメロディラインが保たないし、煽るところでは響きが混濁する。オーケストラの力量にもよるのだろうが、何度か聴いている指揮者だけど、まだまだ精進の余地はあるように思える。

愛知県芸術劇場は順次改装が行われているようだ。コンサートホールは既に工事中で、大ホールも間もなく一年あまりの休場になる模様。確かに内装のあちこちに傷みが見える。三澤洋史さんが取り組んでいる「ニーベルンクの指輪」も今秋の「ジークフリート」は会場が御園座になっている。藤原歌劇団の来名、次はいつのことやら。東京公演では1000円で販売しているプログラムも、遜色ない内容の名古屋バージョンが配布されるし、帰りには来場者全員にバレンタインチョコの無償提供(名糖産業株式会社)まで、至れり尽くせりなのに、残念。

昨年末からインフルエンザに罹り(予防接種していたのに)、おまけに中耳炎まで併発するし、さらに奥歯が痛んで治療中だし、散々な睦月となったが、節分・立春でようやく新年を迎えたという感じ。そんなことで、ここ2か月は劇場からも足が遠のいていた。さて、私の2018年の音楽シーンはこれからだ。

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