大阪国際フェスティバルのワーグナー
2021/1/23

一年近くのブランクになってしまった。すぐには終息しないと思っていたものの、まだ先が見えないコロナ禍、飲食と同様に大きな打撃を受けたのがライブ音楽の分野だろう。年末恒例の第九も壊滅状態だった模様。オペラにしてもオーケストラにしてもいわゆる密が前提だし、コーラスなんて極め付け、客席だってそう。手持ちしていた公演のチケットがいくつキャンセルになったのだろう。まあ、これも怪しいと思いつつ購入した演奏会、出演者の変更はあったものの開催にこぎ着けたようだ。飯守泰次郎指揮の関西フィルハーモニー管弦楽団による大阪国際フェスティバルのワーグナー特別演奏会、フェスティバルホールに向かう。

出がけにカミサンに「一年振りにコンサートに出かけるわ」と言うと、「フェスなの」と。その一言が頭に残ったのだろう。大阪市内で買物をして20分前にホールに着いたら、なんだかやけに静かだ。人の姿もない。あれっ、開演時間を間違えたかと、閉まったドアを押していると、横のチケット売り場から声がかかる。「お客さま、本日のワーグナーでしょうか。会場はシンフォニーホールになります」
 があーんという感じ、慌ててタクシーを拾って福島に向かう。こんなときに限って滅多に閉まらない梅田貨物線の踏切の遮断機が下りている。コロナ禍で関空行きの特急はるかは運休だらけなのに。運転手さんも「あまり閉まっていることはないですけどねえ」と心配げ。しばらく待つと悠々と桃太郎(EF210形電気機関車)が通る。「4時からだけど、始まるのは5分遅れだから」と私。何とか5分前に到着。検温とか消毒とか面倒なこと。長いブランクはこんなドジにも繋がるということか。

「タンホイザー」序曲
 「タンホイザー」歌の殿堂のアリア
 「タンホイザー」夕星の歌
 「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
 「ワルキューレ」ワルキューレの騎行
 「ワルキューレ」ヴォータンの別れと魔の炎の音楽
 「神々の黄昏」ジークフリートの葬送行進曲
 「神々の黄昏」ブリュンヒルデの自己犠牲
   メゾ・ソプラノ:池田香織
   バリトン:ミヒャエル・クプファー=ラデツキー
   指揮:飯守泰次郎
   管弦楽:関西フィルハーモニー管弦楽団

この公演のキャストもドタバタがあった。当初予定の外国人歌手の来日が困難になり、リカルダ・メルバートが池田香織に、ミヒャエル・クプファー=ラデツキーが青山貴に替わるとのアナウンスがあったあと、いややっぱりクプファー=ラデツキーが歌うということに。来日して二週間の自主待機を経て舞台に立つとか。ヨーロッパにいても出演の機会は少ないし、コロナウィルス感染症による死者が桁違いに少ない日本に行こうということなのかも。わずか20分程度の出番だけど。

そして始まったコンサート、登場した飯守さんの姿を見て驚いた。よちよちと足取りが覚束ない。いつ倒れてもおかしくないという様子、指揮台には背もたれのない長いベンチが置かれていて、インターバルには座っていたし、かなり具合が悪そう。そんな目でみるせいか、指揮棒の先も震え気味だ。もう80歳台だし仕方ないことかも。気になって後で調べたら病み上がりなんだ。急性胆嚢炎で入院してからさほど日も経っていない。そういうことだったのか、ここしばらくは休演続きだったようだ。コンサートから遠ざかっていると、そんな情報にも疎くなる。

コロナ騒ぎになってから初のコンサートなので、音楽そのものよりも周辺のことばかり気になるという状態、これは困ったものだ。1階平土間は前の5列は空席、その他は間隔を空けてということでもないが、全体の半分程度の入り。これだとやはり気分は盛り上がらない。それでも飯守さん得意のワーグナー、体調のよくない中での力演と言える。久しぶりに聴くナマのオーケストラは有り難い。厚みや深み、管楽器のフレージングなど、注文をつけたくなるようなところはあっても、今は非常時だから贅沢は言えない。仕事も制約が多くて奏者の人たちも大変だろうと思う。

大きな口を開ける歌い手のほうはもっと大変かも知れない。代役に立った池田さん、びわ湖ホールのブリュンヒルデ、ここに青山さんが出演していたら、大津と一緒という感じだ。このあたりの役を歌う人は数少ないので、選択肢がないのだろう。彼女も力演だし、万全の準備で公演に臨んだクプファー=ラデツキー氏もプログラム後半のヴォータンはよかった。
 いつも思うのだが、シンフォニーホールは声楽向きではない。オーケストラには豊かな残響ということなんだろうが、声の場合は輪郭がぼやけて言葉の明晰さが失われる。そこに蓋のあるピットではなく舞台上で演奏するオーケストラとくれば、よほどの声(量も質も)でなければ耳がトレースできなくなる。会場をフェスティバルホールだと思い込んでしまったのも、そういうところに一因があったのかも知れない。

雨の中、帰路の途中で寄り道、行きつけの安くて旨い中華料理店、7時少し前に入ったら、「アルコールはもうすぐオーダーストップですねん。まあ、ちょっとぐらいやったらええけど」と社長。あっ、そうか、大阪は緊急事態宣言下だった。急いで生ビールのジョッキを飲み干し「おかわり」と。8時閉店はきっちり守っているそうだ。コンサートも食事も駆け込みの一日となる。

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