ニューヨークシティオペラ「蝶々夫人」 ~ 思わぬ狼狽
New York 1987/9/22

METのシーズンもいよいよ始まる。夏の間お世話になった隣のニューヨークシティオペラ(NYCO)は、そろそろバレエが中心になる。このシーズンのNYCOはプッチーニを集中して採り上げており、「つばめ(La Rondine)」に続いて、「蝶々夫人」に足を運んだ。

立見が$2(嘘じゃない)、ほとんどタダ同然。空いているので、どこに座ってもOK。暑い時期だし、TシャツGパンなんて普通。

「蝶々夫人」の変調に気づいたのは、第二幕の有名なアリアが終わってしばらくしてからのこと。シャープレスとの長い二重唱になるのだが、閑散とした客席から次第にノイズが大きくなって…

最初は何だろうと思っていたのが、「アメリカのコマドリは、何年たてば巣を作るのですか?」と蝶々さんが訊くとき、「ずるずるうー」という音が客席から。シャープレスがいったん辞去しようとしたとき、蝶々さんが奥からピンカートンの子どもを連れ、オーケストラがトゥッティで鳴り響いた後、「この子の名前は『悲しみ』、でもピンカートンが戻るとき『喜び』に」、もう「ずるずるうー」だけじゃない。「ひっくひっく」や「ぐすっぐす」まで…

観客が少ないから、余計にその音が響く。その頃には、恥ずかしながら、私めもハンカチ出してポロポロ状態。アメリカ人のオープンハートというか、単純かも知れないが、私は好き。これ以来、私は「蝶々夫人」が苦手に。だって、この場面では「パプロフの犬」状態になってしまうから。

METは字幕なし、NYCOは英語字幕あり、イタリア語を判るアメリカ人なんて少ないから、それも大きな要因なのかも知れない。
 今そのときのキャストを見ても、知った名前はない。

蝶々夫人:エリザベス・ホーレック
 ピンカートン:ジョン・スチュワート
 シャープレス:ロジャー・ヒュー・ウォンジェリン
 スズキ:シンシア・ローズ
 指揮:イムレ・パッロ
 演出:フランク・コルサーロ

公演のキャスト表

この「蝶々夫人」、もうひとつ弱いシーンがある。第二幕一場の終わり、幼い息子と障子に空けた穴から入港したピンカートンの船を眺めるうちに日が落ちていくという場面だ。
 ここでは蝶々さんは歌わず、障子にシルエットが浮かぶだけ。バックに女声のハミングコーラスが流れる。再会の歓びをそっと抑えた日本女性の心の襞を表現するようなプッチーニの音楽づくり。通俗的と言えばそのとおりなのだが、ここまで見事にやられてしまうともう抵抗できない。
 ニューヨークに住みだして1か月、妻子が合流するまで、まだ少しばかり日数がある。そんな中、日本を舞台にして、イタリア人が作ったたオペラを、アメリカで観る。何とも不思議で、妙にセンチメンタルになった私。

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