メトロポリタンオペラ「ラインの黄金」 〜 初めてのワーグナー ?
New York 1987/10/9

ワーグナーの「ニーベルングの指輪」の上演は、個別作品にしても日本では特別なイベントだし、四作を一度に取り上げることなど皆無だ。奇しくもこの秋、ベルリン・ドイツ・オペラがヘスス・ロペス・コボス指揮で一挙上演を敢行するらしい。それが全曲一貫としての日本初演になるのだろう。

METで進行中のオットー・シェンク演出の「ニーベルングの指輪」、昨シーズンは「ラインの黄金」のみだったのが、このシーズンは「ジークフリート」までの3作が舞台にかかる。来シーズンは一挙上演となる模様だ。もともと、ワーグナーが好きというわけでもない私は、ついぞ日本で彼の舞台作品を観た記憶がない。しかし、こちらに来ると、シーズン中に何回も上演されるうえに、とにかく安い。パヴァロッティやドミンゴが出ることもないし、一般的には人気作品でもないから、ソルドアウトは考えられない。かくして、気楽に観ることができるのは結構なことだ。

ヴォータンがジェームス・モリス、フリッカはMETデビューのヴァルトラウド・マイヤー、ローゲはジークフリート・エルサレム、ピットには音楽監督のジェームズ・レヴァイン。マイヤーは名前の知られた歌手だが、今回は彼女の他にMETデビューとなる人が4人も名を連ねている。

さて、METで初めて観るワーグナー、それが「ラインの黄金」というのはちと厳しい。何しろ3時間休憩なし、しかも字幕がないから歌詞の内容は分からない。オペラなんだからオーケストラだけを聴けばいいというものでもないので、いささかフラストレーションが溜まる。隣のシティオペラだったら英語字幕付きなのに、METはなぜやらないんだろう。普通のアメリカ人がドイツ語を解するわけでもないし、延々と長広舌が続くワーグナーだとなおさら。オーケストラの豊麗さを味わい、第一線のワーグナー歌手の声を聴き、それなりに満足感はあるのだが、いまひとつの感は否めない。座席が埋まらないのは、そんなところにも理由があるのでは。自分の勉強不足を棚に上げるような感じもするが、聴衆の側からすればオペラは勉強じゃないし。

オットー・シェンクの演出は、奇を衒ったようなところは何もない。好き勝手に読み替えをする演出が多いなか、新演出としては異例ではないだろうか。METの保守性ということなのか、このプロダクションもスポンサーとして名前がプログラムに載っているハリントン夫人の意向なのか、それは何とも言えない。この「ラインの黄金」のオーソドックス演出を評価する一方で、いまどきの演出家や舞台美術家の独善を批難する論調も新聞に出ているぐらいだから、当地の一般的嗜好と言えるのかも知れない。

So hardened have we become to seeing directors and designers intrude their daring little persons into opera productions that the absence of conceptual handstands and theatrical back flips can now be starting. Instead, as the premiere unfolded, I found myself absorbed as seldom before in the musical and narrative flow of this prelude to the "Ring", which the Otto Schenk production was managing to clarity without resorting to cartoon jokes or specious updating.
           (The New York Times 1987/10/25 Donal Henahan)

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