メトロポリタンオペラ「後宮からの誘拐」 〜 一番好きなモーツァルトオペラ
New York 1987/12/8

今シーズンのMETではモーツァルトのオペラは「後宮からの誘拐」と「コジ・ファン・トゥッテ」だけ。意外な感じだ。それもあってか、ニューヨーク・タイムズでは、初演200年となる「ドン・ジョヴァンニ」がないのはどういうことかと書いていた。まあ、ドル箱の演目が他にいっぱいあるから、モーツァルトで集客ということにならないのだろう。

こちらでは、そのオペラのシーズン初日の二日後に新聞評が出る。翌日の新聞には間に合わないのは当然にしても、最速で掲載されることになる。シーズン途中でキャストが替わった場合も同様だ。日を置いて何度か上演されるので、初日の新聞評が良くないと、その後の上演の客足に影響する。
 そして、この演目、11月28日のニューヨークタイムズに載った批評は芳しくない。いきなりセットの書割が古びてお蔵入りが妥当だと貶している。そして、モーツァルトがザルツブルグを離れウィーン移って書いたこのオペラには、エネルギーとヴィルトゥオージティが横溢しており、しかも、モーツァルトはそれを示現できる優れた歌手に囲まれていたと書いている。つまり、今回のMETの歌手たちは力不足だということを婉曲に言っている。また、このキャストでのピットは、有能なモーツァルト指揮者のマレク・ヤノフスキにとって役不足だとも言っているから、歌い手に関してはかなりの酷評だろう。

このオペラのプリマ、コンスタンツェを歌ったのは Zdzislawa Donat、姓はドナートだが、さすがに名前の読みは難しい。ポーランドのソプラノだ。恋人役のベルモンテがエスタ・ウンベルヒ、ペドリッロがハインツ・ツェドニク、オスミンがマッティ・サルミネン、こうして並べてみると、指揮者も含めて東欧・北欧に偏ったキャストということになる。

確かに新聞の酷評どおり、METにしてはセットがちゃちなのは否めない。ただ、どうなんだろう、聴いた限りでは歌い手はそんなに悪くない。グルベローヴァなどと比べると、ドナートの歌は見劣りするかも知れないが酷いわけではない。他のキャストの歌も演技も楽しめる。救出の場面では I'm coming! なんて英語の台詞が入るのもジングシュピールならでは。
 たんに初日の出来が悪かったということなのかも知れない。新聞評が出てから聴く人も多いから、評論家にとっても厳しい世界だ。評論の当否、審美眼の有無などが、ファンの評価に晒されるのだから。

(The New York Times 1987/11/27)

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