カーネギーホール「エレクトラ」 〜 小澤征爾とボストン交響楽団
New York 1987/12/18

12月ともなれば日本国内では第九のオンパレードで、めぼしいオペラ公演など無いに等しいのだが、こちらではそんなことはない。第九の演奏会なんてどこにも見当たらない。なんでこんなに違うのか、不思議なものだ。

カーネギーホールに初めて来た。57ストリートに面したホールの前は通ったことがあっても、内部に足を踏み入れたことはない。そこでの公演は小沢征爾指揮ボストン交響楽団、演奏会形式での「エレクトラ」だ。題名役はヒルデガルド・ベーレンス、クリスタ・ルートヴィヒ、ジェームズ・キングなど、綺羅星のようなキャスティングである。

海外でのオペラ公演に先だって国内で"練習"しているなんて悪口を言われることもある小澤氏、まあそういう機会を与えられたり、創り出したりするだけでも大したものだと思うが、その伝でいけばこれこそ"本番"だ。本拠地ボストンでの公演は好評のようで、いよいよ手ぐすね引いて待ち構えているニューヨークの聴衆に相まみえるということだ。

舞台上にミニ舞台が設えられている。これが最も効果的に使われたのが最後の最後、復讐を遂げたエレクトラが歓喜のダンスをこの上で踊るのだ。これはなかなか大変、この役を歌うような重量級ソプラノではしんどいだろう。その点ではベーレンスは舞台映えのする人だから問題なし。歌も素晴らしいが踊りも大したものだ。

普段METで聴く音とカーネギーホールの音とではかなり違う。空間の大きさも響きの程度も全く別物だ。しかも、オーケストラはピットに沈んでいる訳じゃない。もともとコンサートホールなのだから当然にしても、シュトラウスの大オーケストラが咆哮すると、ホールが飽和状態になるような印象だ。その中で声を届かせるだけでも難儀なのに、それを感じさせないだけの出演者というのもすごい。シュトラウスが腕によりをかけて書いたオーケストラのゴージャスさは認めるにしても、音楽としては、私にはいささか辟易とするところがある。この作品のあと、シュトラウスが「ばらの騎士」で方向転換してしまうのも何となく判る。

ボストンで既に上演されているので、ニューヨークの新聞にもその公演評が出る。ニューズデーで読んだティム・ページ(後にピューリッツァー賞を受賞)のコメントでは手放しの褒めようで、歌手たちはもとより、小澤征爾率いるボストン交響楽団こそこの日の最大のスターとまで絶賛していた。ニューヨークタイムズはことさら難しい語彙を使い気取った文章が多いが、ニューズデーは平易かつ明快な文章で読みやすく好感が持てる。新聞の性格、あるいは書き手の資質の問題かも知れないが。

(New York Newsday 1987/12/15)

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