メトロポリタンオペラ「ボエーム」 ~ カルロス、デビューの夜
New York 1988/1/22

カルロス・クライバーがメトロポリタンオペラにデビューする夜に居合わせたことは、私のミュージックライフのひとつの事件だ。何しろキャンセルの帝王、ピットのスポットライトに長身痩躯の指揮者が登場するまで、本当に彼が振るのかと疑っていたのは私だけではない。事実、どうもキャンセルするらしいとの噂もあった。それもあってか、満場のニューヨーカー達、一音も出ないうちから大拍手、カーテンコールかと錯覚するほど。そんな客席の大騒ぎなど委細かまわず、振り向きざまに棒を振り下ろすのは、この人の流儀。

当日のキャスト表

フランコ・ゼッフィレッリのプロダクション、ミレッラ・フレーニとルチャーノ・パヴァロッティの主役コンビ、クライバーの十八番の演目と来れば、成功は初めから約束されているようなものだが、やはりこの人は天才、何度も聴いているオーケストラと同じオーケストラとはとても思えない。

ボリュームのコントロールが凄い。METのオーケストラが、これほどの最弱音から中音までのニュアンスを表現できるとは思ってもいなかった。スコアに沿ってただ鳴らすのではなく、彼は、フレーズごとに独自の音量の物差しを持っている。それも、とても精妙な。いつも、ピアニシモの音が大きすぎるのを聴き慣れていると、クライバーが引き出す音は、なるほどプッチーニはこんなに細かい音楽を書いていたのかと、再認識させてくれる。アリアのバックでは、全般に抑え気味にやるのだが、見事にデリケートな表情がついている。それが舞台上にも伝わり、綺羅星のような歌手達はさらに触発されるというメカニズムが感じ取れる。

ついに生で聴けたクライバー、なぜこんな幸福な時間を限られた機会にしか与えてくれないんだろう。ごくわずかの録音と、チケットを持っていても聴ける保証のない実演、伝説になるには早すぎる。

フレーニとパヴァロッティの他は、バーバラ・ダニエルズのムゼッタ、ジョナサン・サマーズのマルチェッロ、そして、これまたMETデビューシーズンのトーマス・ハンプソンがショナール役という豪華な顔ぶれ。

第1幕と第4幕の屋根裏部屋のシーン、METの舞台が大きすぎて、歌手がかなり遠くになる。シーズン初めの別キャストの日に行ったカミサンは、よく聞こえなかったと言っていたけど、このメンバーではそんなことはない。

フレーニ、ミミを歌って何年になるのか。デビューレコーディングとのギャップを感じない。いやはや、ご立派。パヴァロッティも、マンリーコのときよりも、やはりこっちが相応しい。とても貧乏詩人には見えない体型だけど…。ダニエルズは本当に舞台映えのする人、人気があるのもうなずける。

それにしても、第2幕の舞台は圧倒的、何百人が舞台に乗っているんだろう。まあ、スペクタクルとはこのこと。幕が開いたら装置に大拍手がわくのは録画映像で観ていてはピンと来ないが、体験すると素直に納得してしまう。このプロダクションが長く続いているのも宜なるかな。

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