大須オペラ「パロマの前夜祭」 ~ 最初で最後に
2008/7/27

「おおっ、これが、あの大須演芸場か!」
 話には聞いていたけど、これは、なかなか…

まさに、ディープ名古屋。大須観音を取り囲むように猥雑な感じの商店街、飲食店、ホテル…。すぐ横には、あの、ご当地発祥、リサイクルデパートの雄"コメ兵"の大型店舗が並ぶ。で、演芸場はといえば、これは、どれぐらいタイムスリップしたと言えばいいのか。

ちょっと裏手に入った通り、よくまあ生き存えていたと感心するような小屋だ。江戸の芝居小屋ふうの外観に、なぜかベニヤ板のギリシャふうファサードという度胆を抜くシュールな組合せ。横の電信柱には「ひち」の看板。木戸銭を取る窓口(絶対にチケット売り場ではない)の前には、段ボールの分別ゴミ箱。横ではビール300円、発泡酒200円という良心価格での販売、しかも柿の種のミニパックを3つも付けてくれる。もちろん、客席内持ち込み可、ちょうど名古屋でやっている相撲見物もかくや。

中に入ってみれば、大須ういろう提供の緞帳、天井にはスポンサーの赤提灯が並ぶ。開演前に済ませておこうと出かけたトイレは、木の扉一枚で客席に直結。「客席に臭いが漂ってくる」とは聞いていたけど、納得。2階には登らなかったので、畳敷という客席は見ずじまい。

ずいぶん前、オペラファンの知人が何年か岡崎に勤務していた。当時オープンしたばかりの愛知県芸術劇場に出かける傍ら、大須演芸場にも何度も足を運んでいたそうだ。先のトイレの件はともかく、舞台におひねりが飛ぶような雰囲気とのことだったが、まさに百聞は一見に如かず。そもそも消防法の規制をクリアしているのかどうか。ともあれ、これは文化財的価値があると言ってもいい。

昔の浅草オペラがどんな雰囲気だったのか知らないが、こんな感じかも。それとも、「パリアッチ」一座の小屋掛けという感じかな。もっとも、あちらのように夜中の11時開演なんてことはなくて、真っ昼間の2時。炎天下、異様に暑い。体感温度は40℃近いかも。地下鉄の矢場町から歩くと、こりゃ、いかん、ほんとうに頭がクラクラしてきた。目についたきしめん屋に入って、冷えたビールで体温を下げる。大須演芸場といい勝負、おばあちゃんばかりでやっているレトロな店、客寄せした訳でもないのに、閑散としていた店内が、みる間に満員。「きし仙」という屋号。けっこう有名店のよう。この季節、冷たい「みそころきし」が売りだとか。

この日に行くことに決めたのは数日前、"チケットぴあ"にたった1枚残っていた前売券もいつの間にか完売、慌てて主催に電話。何度かの留守電のあと、やっと繋がった。
「大阪から観に行くんですが、何とかなりませんでしょうか」
「補助席を出すことにしましたけど、1階の後ろ、正面で場所はいいんですけど、硬い椅子になりますが、それでもいいですか」
「1時間ちょっとぐらいでしょ。大丈夫ですよ」
「いえ、2時間の予定です」
「…」

聴いたこともない作品なので、ああ、そんなものかなと思ったが、休憩を挟んで1時間半というところ、オマケが付いて2時間という計算だった。1階は椅子が8列、2階をあわせても定員はせいぜい200名、話題になれば満杯になるのも早い。

広くない舞台に、まあたくさん人が出ること。歌うばかりか、踊りもふんだん、まさに舞台狭しという感じ。ちゃんとオーケストラピットもあるぞ。これだけ近いと、いちおう持っていったオペラグラスなど不要。舞台が身近で一体感がある。劇団四季のミュージカルなんて、高い入場料のくせに大阪ではカラオケで上演しているらしいのに、こちら、完全ライブで志が高い。

お話は至って他愛ないもの。娘が嫉妬深い恋人に当て付けで年寄りになびき、怒った若者がパロマの前夜祭に大暴れ、ドタバタの末にハッピーエンドというもの。ポピュラーなサルスエラということで、ドミンゴも歌っている作品らしいけど、正直なところ、さほど音楽的な魅力があるとも思えない。一座のメンバーも本格的に声楽をやっている人は少ないようだ。まあ、客のほうも普通にオペラを観る感覚ではダメなんだろう。「ミカド」などのサヴォイ・オペラに近いものかと。もっとも、こちらはダンス満載というところがお国ぶりか。好みの分かれるところではある。タブラオのように、気楽に、それこそビール片手に楽しく眺めればそれでよし、かな。

中日新聞の報じるところによれば、演目選びから作詞、演出までこなす主宰の岩田信市さんが高齢(72)となり、「無理に無理を重ねてやってきたが創作のためのけんかができなくなった」と今回をもっての終了を決めたとのこと。17年も続いたらしい。結局、大須オペラ、私はこれが最初で最後ということに。

恒例なのか、最後の公演だからか、アンコールが延々。他の作品から借りてきたナンバーや、「グラナダ」なんてのも飛び出し、最後は大盛り上がり。上演途中ではサクラじゃないかと思われる笑いや手拍子に違和感があったけど、まあそんなことも許容してしまう演芸場の雰囲気だ。

休憩時、開演前の酷暑が嘘のような雷雨、出し物がはねた後は、雨もあがって、気温は優に10℃は下がった感じ。ああ、やれやれ。さて、本日3回目のビールへ。

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