第7回大阪国際室内楽コンクール&フェスタ ~ はじめての審査員
2011/5/24

財団法人日本室内楽振興財団の機関誌「奏」に頼まれて寄稿したのが縁で、三年に一度開催される大阪国際室内楽コンクール&フェスタの案内が送られてきた。予選・本選の通し入場券と受賞者披露演奏会の招待状だ。そのほかに審査員の応募用紙が入っていて、何これという感じ。読んでみると、このコンクールは3部門あり、第1部門が弦楽四重奏、第2部門が木管五重奏、サクソフォン四重奏、金管五重奏、最後が何でもありのフェスタ部門で、それを公募の一般審査員100名で選考するようだ。

フェスタ部門の予選は2日間、本選は5月24日の火曜日、平日だけど休日出勤の振替の休みを取って行ってみるか。どんなものか判らないが、なんだか面白そう。丸一日聴いて、ずっと起きていられるかが心配だけど…

7回目ということは、もう20年近く前に始まったコンクールだ。会場のいずみホールが昨年20周年を迎えたから、同じぐらい。当然会場はいずみホール、この財団の母体の読売テレビはホールとは500mも離れておらず、ご近所ということだ。読売というとジャイアンツのイメージが強すぎるが、室内楽コンクールも主宰しているのだ。

いずみホールに10時20分集合、審査要領を聞く。本選開始は11時、8組が各30分の演奏を行い、審査員は1~8の順位を付けるだけ。午前に3組、午後は途中に休憩を挟んで3組・2組、その後パイプオルガンのミニコンサートの間に集計、審査結果発表・表彰式となる。本選だけで正味4時間、ちょうどワーグナーの楽劇ひとつを観るような感じだ。

こちら、one of themではあっても一応の責任があるので、居眠りせずに聴き通した。というよりも、眠くならなかったのである。規定ではなくフリー、課題曲なしだから曲目のバラエティが富んでいる。編成も自由だから、民族楽器からピアノ五重奏までとてつもなく幅広い。しかも30分の中にメインの曲二つほどとアンコールピース相当のものまで盛り込むという、まるでコンサートを凝縮したかのよう。それに、予想レベルを遙かに超えて、上手い。退屈している暇はない。

このフェスタ部門はユーディ・メニューインの提唱で設けられたということで、選考方法も含むスキームは彼の発案という。それで優勝者に与えられるのが「メニューイン金賞」(副賞200万円)となっている。確かに、これはいわゆる専門家、プロだと選考に二の足を踏むかも知れない。全く異なるジャンル、スタイルのものに順列を付けるというのは怖いもの知らずの素人だからできることかも。いや、自身が偉大な演奏家であったメニューインはプロの評価をあまり信じていなかったのかも…

要は自分の感性だけが頼り、演奏を楽しみつつ、順番付けをするという難事をこなす。私のやり方は、まず午前の3組に点数と順番を付けて、午後の5組をそれぞれポジショニングしていくというもの。個々の評価は次のようなもの。

①シマ・トリオ(アメリカ)

ピアノ三重奏だ。ババジャニアン、メンデルスゾーン、ピアソラの三人の作品が並ぶ。選曲は意欲的で多彩、これは立派。で、演奏のほうはとなると、ピアノの音が濁り気味だし引っ込んでしまう。アンサンブルとしては最高点は付けにくい。10点満点で8ぐらいか。

②ゾフォ・デュエット(アメリカ)

ピアノ連弾だ。いきなり「春の祭典」第1部、この変拍子を四手でやるというのも聴きもの。自由席で手がよく見える位置を確保したから、視覚的にも面白い。コリリアーノのガセボ舞曲集、シャピロの四手のためのピアノ・ソナタ。確かコリリアーノは「ベルサイユの幽霊」の作曲家だったかな。私はこのデュオ中越啓介、エヴァ-マリア・ツィマーマンを高く評価、9点だ。

③デュオ・カプリソ(フランス)

サクソフォンとピアノ。ファリャ「はかなき人生」よりスペイン舞曲、ドビュッシー「月の光」、ラプソディ・イン・ブルー、熊蜂の飛行と多国籍プログラム、もちろん彼ら自身の編曲で、演奏効果を上げる仕掛けがいろいろ。ミーハ・ロギーナというサクソフォン奏者が何本もの楽器を持ち替えてアクロバティックな妙技を展開。派手なパフォーマンスだが、これはピアノ伴奏付きのソロじゃないか。なのであまり評価せず7点。

④ヴァイヴォラ(リトアニア)

リトアニアという国は杉原千畝の名前ぐらいしか思い浮かばない。民族衣装を着て琴のような楽器を演奏する女性3人と、縦笛の男性2人のアンサンブルだ。作曲者の名前、ジガイティエ、バルジー、トヴァリョーナス、タムリオーニス、バグドナスと並んでも、誰一人聞いたこともない。素朴で優しい音だが、これを一緒に序列するのは不可能。とりあえず前のサクソフォンの上に置く。

⑤インハーキ(アメリカ)

ピアノ三重奏にクラリネットが加わるアンサンブルだ。マッキー「ブレイクダウン・タンゴ」、ピアソラ「オブリヴィオン」、シッケル「クラリネット、ヴァイオリン、チェロとピアノのための四重奏曲」という変わった作品を並べる。4人のうち3人が韓国系のよう。各人のバランスもよく、演奏に緊密感があり、これは面白かった。ピアノデュオに続く。

⑥トリオ「国境なきクラシック」(ロシア)

団体名が何となく胡散臭い。ドムラというが民族楽器二本にピアノが加わる。「イタリア」交響曲よりサルタレロ、パガニーニ「ヴェネツィアの謝肉祭」、「イタリア奇想曲」、「カリンカ」というプログラムは、団体名同様にあざとさを感じるものがある。ということで、先入観は良いものではない。ところが…。小さな撥弦楽器で大きな音が出るはずもなく、ピアノは蓋を閉めてのアンサンブルだが、驚くほどのダイナミックスだ。テクニックも凄い。メンデルスゾーンのシンフォニーの終楽章がオーケストラで聴くよりもスリリング。ドムラの二人は同じ姓なので夫婦なのか兄妹なのか、見事なアンサンブルだ。二人の掛け合いとなるパガニーニが秀逸。人の声による会話や二重唱よりも遙かにインティメイト、息をのむほど。図抜けた訴求力で聴衆の拍手の質が違う。文句なし最上位。

⑦ネポムク・クインテット(チェコ)

日本人一人(第1ヴァイオリン)を含む各国のメンバー、プログラムを見ると、ウィーン国立歌劇場、ウィーンフィル、シュターツカペレ・ドレスデン、ウィーン放送管と、いずれも名だたるオーケストラのメンバー。チェコの人がいないようなのにチェコからのエントリーというのも摩訶不思議。そして、シューベルト「ピアノ五重奏曲イ長調」、フンメル「ピアノ五重奏曲変ホ長調」、スラヴ舞曲第10番、チャルダーシュというプログラムはいかにも受け狙い。課題曲の準備が必要な第1部門への出場ではなく、ピアノとコントラバスを入れてフェスタ部門にポピュラーな曲目で臨むのは何だか賞金稼ぎくさい。演奏自体はさすがの水準だが、直前の組のような熱は伝わらない。順当なら入賞かも知れないが、私は意識的に外す。

⑧カリヨン(デンマーク)

後のほうがレベルが高くなるように並べたわけではないだろうが、結果的にそう見える。木管五重奏。フルートに女性が一人混じる。バッハ「協奏曲第2番イ短調」、リゲティ「6つのバガテル」。このチームも前の組と同様、編成だけを見ると第2部門に出場すべきような感じだが、ちょっと違う。舞台に譜面台はないし、椅子もない。彼らは動くのだ。楽器の組み合わせや曲想の変化に沿って目まぐるしく舞台上の配置が変わる。しかし振付にわざとらしさはなく、音楽と見事にマッチしている。もちろん演奏自体が高次元なのは言うまでもない。リゲティの個々のナンバーの面白さとパフォーマンスの親和、彼らがフェスタ部門の出場というのは納得できる。

全ての組が終わって、私の審査結果は⑥②⑤⑧⑦①④③となった。第1位は揺るがないが上位は別の並びでも構わない。そして、単純に審査員の集計結果なのかどうか知らないが、発表された順位は⑥⑦⑧である。長時間、少し疲れたものの、それ以上に楽しい一日だった。

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