河内長野マイタウンオペラ「椿姫」 ~ 画竜点睛を欠いたか
2011/6/18

昨年に続き河内長野マイタウンオペラに行く。もともと予定はしていなかったがオークションで破格の招待席を見つけ、改めて公演内容を確認。ここの音楽監督・指揮の牧村邦彦氏がまた何か企んでいそうなことと、先日のミーメで飛躍をみせた二塚直紀さんがアルフレードにクレジットされていることが背中を押した。梅雨空の下、南海高野線に乗って。

ヴィオレッタ:平野雅世
 アルフレード:二塚直紀
 ジェルモン:松澤政也
 フローラ:向井ひか梨
 アンニーナ:林まどか
 ガストーネ:島袋羊太
 ドゥフォール男爵:橘茂
 ドビニー侯爵:福嶋勲
 グランヴィル医師:清水一貴
 管弦楽:大阪交響楽団
 合唱:マイタウンオペラ合唱団
 指揮:牧村邦彦
 演出:中村敬一

会場に掲示された時間表を見ると、第一幕30分、第二幕65分、第三幕45分となっており、終幕が異様に長い。ほとんど演奏されることのない終幕の音楽が聴けるかも知れないと、牧村氏がにおわせていたのはこれかと楽しみになる。

河内長野市立文化会館ラブリーホールはピット部分を除けば1159席、チューリッヒの歌劇場と同じぐらいの規模だ、これはオペラ上演には適切な大きさ、客席の傾斜がありどの席からも舞台が見やすい。年に一度の主催オペラ、入口ロビーは開場を待つ河内のおっちゃん、おばちゃんで鈴なりだ。かく言う私もディープ河内、八尾そだちだから右に同じ。

ヴィオレッタの平野雅世さんはつい先日に「つばめ」のマグダを聴いたばかりだ。どんどん挑戦しているところで、この役も初めてのよう。本来はミミ、あるいはスザンナあたりの役柄の声かも知れない。中声部の充実はあるのでヴェルディの役を歌えなくもないが、最高音が苦しいのはマグダでも感じたのと同じ。第一幕幕切れの大アリアではやはりその懸念が顕在化する。カバレッタの流れのなかでのCやDは何とかなっても、最後に1音決めなくてはと、精一杯ためをつくって声を張りあげるのは、それが出たとしてもあまり音楽的ではない。そもそも楽譜にそんな音は書かれていないのではないかな。初役の気負い、慣習の桎梏、音楽を壊す愚を感じる。

彼女の第二幕以降の歌は、何とかハードルを越して安堵したからか、とても落ち着きが出て感情表現も丁寧になる。第三幕では役柄に没入し大変な熱演といっても良い。
 このタイトルロールは過酷である。各幕での声楽的な要求と表現すべき感情の幅の広さ、返す返すも残念だったのは、ほとんどノーカット上演だったのに終幕のヴィオレッタの歌の第2コーラスが省略されてしまったこと。演奏時間45分は当然この部分を含むものと思っていた私は拍子抜けしてしまった。第二幕第一場のジェルモン親子のカバレッタはどちらもきっちり演奏されただけに、ドラマにとって遙かに意味があるこの部分を割愛するのはヴィオレッタのスタミナに配慮したという上演上の都合以外に考えられない。逆に普段は全く演奏されることがないと言っていいほどのヒロインの死の直前のアンサンブルがその後に続いただけに、なおさらの如く喪失感が強くなる。牧村邦彦氏は「蝶々夫人」ブレッシァ版を何度も上演しているほどの人だから、ほんとうはやりたかったのだと思う。ただ一方で、国内では珍しい叩き上げのオペラ指揮者としては、現場での妥協もやむなしということだったのかも。

プリマドンナオペラだからどうしてもヴィオレッタのことを書くことになるが、先日の「ジークフリート」第一幕(関西フィル定期演奏会)のミーメで驚きの歌唱をみせた二塚直紀さんもアルフレードは初役とのこと。4度目の「椿姫」でこれまでは脇役としての出演だったようだ。いやいや、充分すぎるほどのアルフレードだ。いまステップアップのときなんだろう。これから旬になる。第二幕第一場の"O mio rimorso!"では、平野さんと同じように楽譜にない慣習的な高音で終えたのだが、こちらはきっちり決まる。なにもサーカスを期待しているわけじゃないけど、歌手も大変だなあ。この間はドイツ語、今回はイタリア語だが、音符に言葉を乗せるのではなく、言葉の自然なリズムがそのまま音楽に乗るというところがイタリア語にはあるから、それに近づけるためのディクションの修練とデリケートなピアニシモの獲得が次の飛躍に繋がると思う。

父親役の松澤政也さんは初めて聴く人ではないだろうか。これまでの記憶はない。まだ若い人のようで、声は立派なのだが一本調子の嫌いがある。第二幕第一場のヴィオレッタとの長大な二重唱では、上辺だけではないもっと深いところでの声の表現力が必要だと思う。続くアリアではピットとの呼吸が今ひとつに感じた。"Di Provenza il mar, il suol"ではヴェルディのカンタービレの確保が不可能なようなテンポ設定を牧村さんが行ったのは疑問だ。

脇役陣には目立つ人はいない。地元の特別編成のコーラスは健闘していたと思う。第一幕では舞台の動きもぎこちなく、おやおやという感じだったが第二幕第二場では良くなった。ここのアンサンブルフィナーレはしっかりしたものだった。演出は特段の趣向はなくごく普通、限られた予算で上手くまとめるというところか。

第13回河内長野マイタウンオペラとあるから結構回を重ねている。ローカルでの上演だから、集客を見込める演目とせざるを得ないという制約もあるだろう。そんななかで、異版をかけたり、ノーカットを慣行したりといったところに牧村氏のこだわりを感じる。同じくローカルであっても、これも牧村氏が関わるみつなかオペラ(旧、川西市民オペラ)になると、500席足らずのホールということもあり、ドニゼッティのセリアをシリーズで取り上げるなどの冒険が可能になる。昨年の「マリア・ストゥアルダ」に続いて、今年は「ファヴォリータ」という有名だが上演の稀な作品、私は早々に手配したが、並河寿美さんがタイトルロールを歌う日は完売必至だろう。地方オペラの雄、70というレパートリーを持つ牧村邦彦氏はますます意気軒昂である。

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