大植英次/大阪フィルのサマー・プログラム ~ てんこ盛りメニュー
2011/7/14

朝の4時からドイツでの日本女性の奮闘ぶりを観ていたから眠くなるのは必至、と思っていたら、意外、居眠りなしに聴き通した。いつも睡魔が襲うコンチェルトが二つも組み込まれたプログラムなのに。

オットー・クレンペラー:メリー・ワルツ
 ベートーヴェン:三重協奏曲ハ長調作品56
 ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調
 R.シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」組曲
   ピアノ:デニス・プロシャイエフ
   ヴァイオリン:長原幸太
   チェロ:趙静
   指揮:大植英次

”華麗なる舞踏 大植英次の「ばらの騎士」”なんてキャッチコピーがついていたから、シュトラウスがメインなのだろう。冒頭にもワルツを配しているから、ワルツでコンチェルトを挟むという構成なのか。とは言っても、この作曲家たちを並べると、てんでバラバラな印象は否めない。まあ、真夏の定期演奏会だから景気よくてんこ盛りというのも悪くない。梅雨は明けても鬱陶しいニュースばかりの昨今、大阪ぐらいは馬鹿騒ぎでもいいか。

オットー・クレンペラーが作曲していたのは知らなかった。交響曲やオペラもあるという。このワルツもオペラの中の曲のよう。自作を演奏することはほとんどなかったようで、そこは師匠のマーラーとは違う。女性には節度がなかった人らしいが、音楽家としての慎みはあった人なのだろう。でもヘンな曲だ。わかりやすいのはワルツだから当然にしても、三部形式のコントラストの奇天烈さ、楽器使いの無茶苦茶さ、音の重なりが敢えて揃わないように書いているのか、大阪フィルのアンサンブルの問題なのか判然としないが、好き勝手に鳴らしている面白さがある。いやあ、これは大阪にはけっこう合っているかも。

ごった煮プログラムの中では、ベートーヴェンが一番つまらなかった。曲自体がベートーヴェンにして構成力の欠如を感じさせるものだから仕方ないにしても、三人のソリストがいても丁々発止というところが希薄。デニス・プロシャイエフというピアニストは大植さんのドイツでの仲間のようだし、長原幸太さんは大阪フィルのコンサートマスター、仲間うちのアンサンブルにオーケストラの伴奏がついてという印象が強い。三人の中ではチェロの趙静さんが魅力的。この人のチェロは今世紀に製作の楽器らしいが、とてもいい音がする。弾き手の問題だろう。ストラディヴァリ神話など怪しいものだ。

一転、ラヴェルのコンチェルトはとても面白かった。元々のオーケストレーションの秀逸さは大阪フィルのパワーがあって活きる。ベートーヴェンでは楽譜を見ながらだったプロシャイエフ氏も、こちらでは水を得た魚のような演奏だ。こんなに退屈しないコンチェルトは珍しい。間に休憩を挟んでいるとはいえ、まあものすごいギャップのある二つのコンチェルトだ。作曲家は昔の作品を聴くことができても、未来の作品は知るよしもない。もしも、ベートーヴェンがラヴェルを聴いたら何と言うだろうかと想像してしまった。腰を抜かしてしまうかも知れない。いやいや、異端者、革新者としての巨匠であれば、ワシも一丁もっと凄いのを書いてやるぐらいのことは言ったかも知れない。と、あらぬ妄想をいだきつつラヴェルを楽しむ。

さて、てんこ盛りの最後はシュトラウス、こういうグラマラスな音楽が大植監督の得意分野だろう。華麗なる舞踏とは、「ばらの騎士」組曲のワルツを指しているのだろうが、指揮台上のタコ踊りかとも思ってしまう。過剰な身振りである。そんなにキバらなくてもちゃんと音は出るのに、コンサート会場の視覚的には逆効果、かえって感興をそぐ部分もある。先月の定期演奏会の指揮者とは大違いだ。世間はクールビズというのに、大植モデルの襟の立った舞台衣装は暑苦しさに輪をかける。デザイナーが付いているのなら、ここはかっこいいサマータイプを新調してほしいものだ。で、演奏のほうはというと、豊麗な音の洪水、舞台を思い浮かべながらここはあのシーンだなとか思い浮かべながら楽しめる。オペラのように静かな幕切れではなく、騒々しいオックス男爵のシーンで終わるのはご愛敬。まあ、3時間のオペラを30分ほどのコンサートピースにする以上、これも現実的な要請ということだろう。

定期演奏会と言うよりもサマーコンサートの雰囲気が漂うシンフォニーホール、くそ暑い大阪の夏はこれから本番だが、早速の暑気払というところか。

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