サイトウ・キネン・フェスティバル松本のバルトーク ~ 信州秋霖
2011/8/21

松本のサイトウ・キネン・フェスティバルに行くのは3度目、過去に「スペードの女王」と「利口な牝狐の物語」を観ている。ここで観るオペラはメインストリームのレパートリーではなくニッチなものばかり。それが取りも直さず小澤征爾氏が本領を発揮する分野と言えなくもない。今回は小澤氏の癌および腰の手術からの本格復帰ということで、演目は地味ながらも盛況、この日が初日で一日おきに4回の公演が予定されている。日曜日だし東京・大阪から見たことのある顔が大勢かと思ったら、さほどでもない。次の土曜日の千秋楽に集中するのかも。

私もそれは考えたが、小澤氏は病み上がり、高齢ということを思うと、初日を観ておくに如くはないとの判断、二日後にそれが現実になってしまったのは残念、今後が心配だ。小澤氏の体調悪化の原因ともなった、8月とは思えないほどの肌寒さ、そして雨模様、暑い盆地の夏のはずが今年はどうしたことか。

バルトーク:バレエ「中国の不思議な役人」
デザインが変わらないフェスティバルのプログラム   ミミ:井関佐和子
  中国人:中川賢
  中国人の影:櫛田祥光
  悪党:宮河愛一郎、藤井泉、真下恵
  老人:藤澤拓也
  学生:宮原由紀夫
  合唱:SKF松本合唱団
  指揮:沼尻竜典
 バルトーク:オペラ「青ひげ公の城」
  青ひげ公:マティアス・ゲルネ
  ユディット:エレーナ・ツィトコーワ
  指揮:小澤征爾
  管弦楽:サイトウ・キネン・オーケストラ
  演出/振付:金森穣

バレエとオペラのダブルビル、同じ作曲家の時代も近い舞台作品を並べたとてもいい組み合わせだ。NHKが舞台収録していたので、いずれBSプレミアムあたりで放映されるのだろう。「青ひげ公の城」のほうは舞台上演を観たことはあるが、「中国の不思議な役人」は全くの初めてだ。

結論から言えば、内容的にはメインの「青ひげ公の城」よりも「中国の不思議な役人」(こちらの指揮は沼尻竜典氏)のほうの出来が素晴らしく、今回の信州旅行の収穫だった。約30分と、オペラの約半分の長さなのに、とでも充実感のある音楽と踊りだ。たっぷり1時間近くはあったんじゃないかと思うほどだ。

「中国の不思議な役人」、オーケストラの切れの良さ、メリハリも効いていて、間然するところがない。腕利きの奏者たちの集合体であることのメリットが遺憾なく発揮された演奏ではないかな。もちろん沼尻氏の腕の冴えもあろう。昔からだが、保守本流のレパートリーではなく、こういう曲をやらせたら文句のつけようがない(そこが奇しくも小澤氏と通じるのが面白い)。

当たり前のことかも知れないが、舞台の振り付けがピタリと決まる心地よさ。やはりバレエ音楽というのは舞台あってなんぼのものだと再認識する。オペラは演奏会形式でも楽しめるが、バレエ音楽は舞台があってこそかも。

三人の悪党がミミに客をとらせて金を巻き上げようとする企てが、老人、学生、中国人を相手に続く。金のない前二者は早々に追い出されるが、中国人は悪党たちに殺されたはずなのに不死身、ところがミミに思いを遂げた途端に果てるという筋書き(宦官が?)。判りやすい話で舞台に気を取られすぎた嫌いもあるが、場面の転換、音楽の変化、それぞれが明快だ。楽しい物語とは言いようもないが、不思議に充実感がある。

「青ひげ公の城」、こちらはマティアス・ゲルネとエレーナ・ツィトコーワ、素晴らしいキャストだ。この二人だから辛気くさいオペラだけど松本行きの価値はあると思ったし、両人の歌は期待を裏切らない。登場のときのゲルネの深みのある声は不気味なキャラクターにぴったりだし、ツィトコーワのストレートな歌いぶりもユディットの直情的な性格に合う。

7つの扉の鍵を要求し次々に開けていくユディット、青ひげはもっと抵抗したのではないかとの印象があったのに、今回の演奏ではちっともそんな感じがない。まるで好きにしろというような感じさえする。余計なことなど言わない男、聞き出さずにはおれない女、まあ普遍的なテーマ、色々な表現があるのだろう。

今回の上演、第5の扉を開けるときにクライマックスを設定している演奏のように聞こえた。青ひげの領地が広がりオーケストラがここぞと咆哮する。小澤氏の演奏ではよくこういうことがある。自然にオーケストラが昂まるのに任せればいいのに、そこを一押しも二押しもしてしまう風になる。それが全体の流れを不自然にしてしまう。オーケストラが判りやすくメリハリを効かせてという配慮なのだろうが、どうも私は気になって仕方がない。ぱっと見の効果はあっても、続く本当のクライマックスである残り二つの扉の印象が薄れてしまう。バレエでは全く気にならなかったのに、オペラではオーケストラの音が立ちすぎるのもしっくりこない。

病後は極く短い時間の指揮しかしていない小澤氏なので1時間の指揮も重労働だったろう。ピットでは腰掛けて振っていたようだ。7つの扉に見立てたパネルの向こうではパントマイムの動きで各場面を表すのだが、4階正面の席からだと小澤氏の指揮ぶりが鏡のようになってそこに映る。言葉は悪いがちょっと不気味。演奏を終えた小澤氏は舞台上でカーテンコールが続く中、オーケストラピットの隅々まで歩んで各奏者と握手、労いもあろうし、自身の復活をともに喜ぶという風でもあった。

余談になるが、今回のサイトウキネンは松本のあとに中国二都市での公演が予定されている。北京公演をウェブで見たら、やはりあちらではバレエはやらずにオペラだけだ。さすがに中国でこのバレエだと物議を醸すかも知れないという配慮か。この作品での中国人の扱いがどうのこうのとなりそう。そんなこと気にせずにやるぐらいの気概がほしいし、受け入れる度量もほしい。これじゃ日本人蔑視の台詞が満載の「蝶々夫人」ミラノ版やブレシァ版は日本では上演しないというようなものだろう。ああいう独裁国家なので驚くことではないが、付き合いにくい国であることは間違いない。

ちなみに、このオペラの表記は「蓝胡子公爵的城堡」、休憩含め105分ということだから、途中で切って休憩を挟むという苦肉の策かと思われる(追記:バレエの代わりにチャイコフスキーの弦楽セレナーデをやることが判明)。
 この北京の劇場、サイトウキネンの他にもオペラのラインアップがあり、「弄臣」、「爱之甘醇」、「灰姑娘」、「艺术家生涯」、「塞维利亚理发师」といったところが並んでいる。カタカナのある日本語がいかに融通無碍か、音から、意味から、いちいち漢字をあてる彼の国は大変だ。漢字にしても似て非なるもの、なまじ判るような気になるのがかえって危険かも。それで「弄臣」つまり「リゴレット」を歌うのはレオ・ヌッチ、パルマのオペラハウスの公演のようだ。これなら聴きに行ってもという人もいるだろう。ただ、中国語のみのサイトなので、外国人の聴衆を念頭には置いていないようだ。

さすがに最近はなくなってきたバッハのアリアだが、ここでは開演前に演奏と黙祷。震災で亡くなった方々を悼む気持ちは勿論あるし、ずいぶん義捐金の手当もしたが、もう公演会場でこういうことは不要だろう。追悼公演ならともかく、プログラムと水と油のような曲を演奏する必要などあるのだろうか。ここでは小澤氏が指揮台に立ったので、指揮者の入れ替わり、準備などを含めて予定の開演時間より20分程度は遅れたはず。その分終演時刻も遅くなる訳だから、後が気になる遠来の聴衆にとっては迷惑な話でしかないと思う。

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