新国立劇場「ルサルカ」 ~ 四半世紀ぶりの舞台
2011/12/3

この作品の舞台を一度だけ観たことがある。ずいぶん前で、1986年11月だから四半世紀が過ぎている。ちょうど音楽を聴くのもライブのほうに大きく舵取りした頃だ。関西歌劇団の公演で尼崎のアルカイックホールだったはず。はずというのは、そのときのチラシも残っておらず、誰が歌ったかも判らないし、つまらなかった印象だけが残っている。
 そのオペラを新国立劇場が取り上げる。もちろん新演出、ある意味では国立歌劇場だからやれることでもある。民間の事業を圧迫するのはけしからんと言う人たちと重なると思うが、こういう作品こそ上演するのが国立の使命だという人も多かろう。私はそんな二元論に与するものではないし、いまや民間でヤナーチェクさえ堂々とラインアップする時代だ。四半世紀で日本のオペラの状況も様変わりだ。そして、この、決してメジャーレパートリーと言えない演目にして大入りである。

ルサルカ:オルガ・グリャコヴァ
 イェジババ(魔法使い):ビルギット・レンメルト
 王子:ペーター・ベルガー
 ヴォドニク(水の精):ミッシャ・シェロミアンスキー
 外国の公女:ブリギッテ・ピンター
 森番:井ノ上了吏
 料理人の少年:加納悦子
 第一の森の精:安藤赴美子
 第二の森の精:池田香織
 第三の森の精:清水華澄
 狩人:照屋睦
 合唱:新国立劇場合唱団
 合唱指揮:冨平恭平
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
 指揮:ヤロスラフ・キズリンク
 演出:ポール・カラン

新国立劇場でオルガ・グリャコヴァの蝶々さんを観た友だちは、日本人以上の所作の美しさに感服しきりだった。見栄えのいい人だし演技と歌が伴ってさぞ強力だったことだろう。その舞台を私は観ていないが、エリザベッタ(ドン・カルロ)とリーザ(スペードの女王)の舞台を観ているので、馴染みのあるほうの歌手だろう。ルサルカという役の特性だともう少しリリカルなソプラノが演じるほうが合いそうだが、グリャコヴァのルサルカも悪くない。「ルサルカ」では唯一と言ってよい有名曲「月に寄せる歌」、これだけならずいぶん軽めの声のソプラノも取り上げる。でも、スピントがかった声質だと違う味わいがある。このアリア、久しぶりに聴くと「ワリー」のアリアにそっくりなのに驚く。この人の演技、第二幕など歌わない時間がずいぶん長いのに、動きが様になっていて隙間を感じさせない。もちろんそれは演出の良さにも起因するのだけれど。

綺麗な舞台だ。主人公の夢想としての三つの幕という設定で、窓辺に置かれたベッドから月を眺めるシーンがプロローグとエピローグに現れる。このスムースな転換は新国立劇場の舞台機構があってこそのものである。そういえば、第一幕で妖精たちが眠るベッドを縦横に動かすところは、キース・ウォーナーの「ワルキューレ」を思い出す。
 第二幕の祝宴のシーン、森番の井ノ上了吏と料理人の少年の加納悦子の動きが面白い。食卓の準備をしながら動き回って歌うのだが、歌だけでなく演技がしっかりと身についている。舞台前方から後方に向けて置かれた長く大きなテーブルに順に皿をセットしていく森番、反対側になったら逆回りで皿を置けば近いのにわざわざ舞台正面を通って遠回り、そりゃまあそうだけど最後の一枚になって最短距離の移動となり何だかホッとする。客席もそちらに興味が行ったのではないかな。この幕でも長いテーブルが二つに分かれたかと思うとそれを舞台上で移動させる。ポール・カランという人、どうも大道具を動かすのが好きな演出家なのかも。

舞台の動きや色合いの変化などに気をとられていて、音楽を聴くのがお留守になってしまう。25分と20分の休憩を入れて全三幕、複雑な筋書きでもないので長く感じる。確かにドボルザークの音楽は美しいけれど、ワーグナーの色が入って来る箇所が多い。これは彼のオーケストラ曲ではあまり感じないことだ。オペラだとこうなるということか。ドボルザークの音楽とワーグナーの音楽が融合しきっておらず、それぞれ聞こえるような印象がある。思えば、ワーグナーも「妖精」というオペラを書いている。こちらも同じぐらいの長さのようだ。プッチーニにも「ヴィッリ」という妖精オペラがある。こちらは半分ぐらいの長さだ。それぐらいが丁度よいお話のような気がする。

脇役の日本人歌手たちの頑張りは買える。メンバーを揃えているから当然とも言えるが、脇が締まって舞台は活きる。王子役のペーター・ベルガーは声に魅力はあるが、オーケストラが厚くなるとややパワー不足の感あり。そのほかの海外組は出番が少ないこともあって、いまひとつ印象に乏しい。オーケストラはしっかり鳴っていて新国立劇場の東京フィルにありがちな気の抜けた演奏ではない。このオペラを熟知しているのだろう、ヤロスラフ・キズリンクの指揮の賜物か。

震災によるアーティストの来日中止が相次ぎ、私もわざわざ東京まで聴きに行く回数が減った一年だった。そんななか相対的に新国立劇場のプロダクションの注目度が上がっているということだろうか。この演目でこの盛況というのは不思議な気もする。いずれ再演があるかも。

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