名古屋の「ジークフリート」 〜 御園座にて
2018/9/2

長いオペラなんだから、もう少し開演を早くしてもよさそうなものだけど、午後3時なのだ。まあ、三澤さんの棒は快速なので、帰りの近鉄特急に間に合わないなんてことはなかろう。午前・午後とトヨタ産業技術記念館(ここは面白くて私はリピーター)で過ごし御園座に向かう。タクシーだと10分ぐらいで着く。

ジークフリート:片寄純也
 ミーメ:升島唯博
 さすらい人:青山貴
 アルベリヒ:大森いちえい
 ファーフナー:松下雅人
 エルダ:三輪陽子
 ブリュンヒルデ:基村昌代
 森の小鳥:前川依子
 管弦楽:愛知祝祭管弦楽団
 指揮:三澤洋史
 演出構成:佐藤美晴

初めて足を踏み入れる御園座は歌舞伎をやる小屋、愛知県芸術劇場のコンサートホールで行われていた「ニーベルンクの指輪」チクルスが、今年は会場の改修工事とぶつかってしまい、場違いとも言える芝居小屋になる。ここも改装したばかりのようで、赤を基調としたインテリアも新しい。伝統芸能特有の造りで、平土間は傾斜がなく前の人の頭がかぶる。演奏会形式の上演なので、気にはならないが。

三澤さんがプログラムに書いているように、このシリーズはアマチュアオーケストラの熱意と三澤さんの意欲が出会って初めて可能になったプロジェクトだろう。いくら世界に冠たる歌劇場合唱団のシェフであっても、この人に四部作を委ねるという話は東京では持ち上がらないだろう。そういうことでは幸せな人だ。

さて演奏、会場の音響があまりにもデッドなことに驚く。はっきりと台詞が聴き取れないと困る芝居小屋ならこれでいいが、歌の場合も響きすぎるのはよくないとは言え、ここまでのレベルだとちょっとね。ましてオーケストラだと。
 しかし、考えようによっては厚ぼったいワーグナーではなく、クリアなワーグナーだと言えるかも知れない。それが三澤さんの意図するところであるなら、会場の選択はあながち誤りではない。音がすっと上に抜けて行ってしまうから、オーケストラが声を覆い尽くすこともない。もっとも第1幕に登場する歌い手の中で、なにがしかの響きの厚みを感じるのは青山貴さん一人というのも寂しい。升島唯博さんのミーメは声が天井に向かって消えて行く。片寄純也さんのジークフリートも然り。この人の場合は、不調ながら最後まで歌うという主催者のアナウンスが第2幕の前にあったぐらいだ。それでも声が聞こえないということはなく、コンサートホールよりも明瞭なのは、会場特性と言ってしまえばそれまでだけど。

例によって三澤さんのワーグナーは快速だ。長さを感じさせないかとなると、それは違う。いきなりのミーメとジークフリートの場面や、幕切れのブリュンヒルデとジークフリートの場面、歌い手の力が伴っておれば聴かせる長丁場だが、残念ながら退屈してしまった。もともと、この作品は出来のよくない連続テレビドラマのように1/4から1/3の部分は前作のおさらいなのだ。ドラマの展開が滞ってしまうのを忘れさせるには、よほど歌手が頑張らなくてはいけない難物、そのあたりは来春のびわ湖ホールに期待するしかないか。青山さんはそちらにも出るし、何よりタイトルロールがトーキョーリングで歌ったクリスティアン・フランツなのだ。

御園座の入口は2階、1階には広い店舗が入っている。芝居茶屋からコンビニまでカバーするようなスペースだ。これはいかにも名古屋らしい。カウンターで注文して食事をすることも出来るし、弁当の持ち込み、アルコールを含む飲み物を買って店内のテーブルで勝手に飲食もできる。オペラハウスのホワイエのような取り澄ましたところなど微塵もない。これを突き詰めて行けば、梅田の立ち食いの聖地、阪神百貨店名物「スナックパーク」や、高知の「ひろめ市場」になる。ワーグナーの楽劇だと休憩時間も長くてお腹も空く。その点では今回の会場の選定は正解だったのかも知れないなあ。 

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