新国立劇場 高校生のためのオペラ鑑賞教室・関西公演「魔笛」
2018/10/29

新国立劇場の「高校生のためのオペラ鑑賞教室」関西公演にカミサンと出かける。この催し、尼崎のアルカイックホールでやっていたときには三度(「愛の妙薬」「夕鶴」「蝶々夫人」)行っているが、会場が京都のロームシアターに移ってからは初めてになる。今シーズンの新演出の「魔笛」がさっそく登場するのはうれしい。長男とヨーロッパに出かけていたカミサンの時差ボケもとれたようだ。せっかくプラハに行ったのだから、滞在中にかかっていた「イェヌーファ」、「劇場の都合不都合(ヴィヴァ・ラ・マンマ)」、「フィデリオ」を観てくればいいのにと思うのだが、日中の観光がメインだから仕方がない。そして帰国後にプラハには縁のあるモーツァルト、「ドン・ジョヴァンニ」じゃなくて「魔笛」だけど。まあ、前者だと教育上どうかということになるので、高校生向きには後者か。

ザラストロ:長谷川顯(サヴァ・ヴェミッチ)
 タミーノ:鈴木准(スティーヴ・ダヴィスリム)
 弁者・僧侶Ⅰ・武士Ⅱ:成田眞
 僧侶II・武士Ⅰ:秋谷直之
 夜の女王:安井陽子
 パミーナ:林正子
 侍女Ⅰ:増田のり子
 侍女Ⅱ:小泉詠子
 侍女Ⅲ:山下牧子
 童子Ⅰ:前川依子
 童子Ⅱ:野田千恵子
 童子Ⅲ:花房英里子
 パパゲーナ:九嶋香奈枝
 パパゲーノ:吉川健一(アンドレ・シュエン)
 モノスタトス:升島唯博
 合唱:新国立劇場合唱団
 管弦楽:京都市交響楽団 (東京フィルハーモニー交響楽団)
 合唱指揮:三澤洋史
 指揮:園田隆一郎(ローラント・ベーア)
 演出:ウィリアム・ケントリッジ
 美術:ウィリアム・ケントリッジ、ザビーネ・トイニッセン
 衣裳:グレタ・ゴアリス
 照明:ジェニファー・ティプトン
 プロジェクション:キャサリン・メイバーグ

5年前の新国立劇場の本公演で夜の女王を歌った安井陽子さんを聴いている。まだ売り出して間もない頃で、声の魅力の一方で生硬なところも感じたのだが、ずいぶん安定した歌いぶりになっている。二つのアリアも完璧な出来と言っていい。超高音も正確だし金属的な響きにもならず潤いがある。キャストの中ではひときわ目立った存在だ。

今回のキャスト、直前の新国立劇場の本公演キャストと対比してみると、括弧書きした3人を除いて全て同一だ。そりゃあ、アンサンブルも練れて来る。来日組から替わった男声3人、鈴木准さんはリリックな声でタミーノには相応しい。吉川健一さんは熱演だが何となく余裕に欠ける印象があって、この役の可笑し味が伝わってこない感がある。重低音が必要なザラストロは長谷川顯さんには苦しいのは判っているが、なかなかこの役をやれる日本人がいないので仕方ないか。
 女声陣は全員が新国立劇場からの流れ、安井さんはじめ健闘だ。これまで林正子さんはあまり聴いていないが、前からこんなに陰影が濃かったかな。もっとリリックな声質かと思っていた。パミーナにしては少し重い感じもするけど、第2幕のト短調の哀切なアリアには合っている。九嶋香奈枝さんの出番は短いので何とも言えないが、舞台映えのする人だ。

コーラスはやはり流石。カミサンに「このコーラスは世界水準だから」と事前レクチュアしておいたが、第1幕フィナーレを聴いて同意のもよう。そして、休憩時間に屋外で煙草を吸ってホールに戻ったら、何と、エレベータで三澤さんに遭遇。思わず、「三澤さーん」と声を掛ける。箱の中で突然知らないオッサンに話しかけられて、ご本人はびっくり。こちらにとっては顔なじみだが、先方にとっては赤の他人だもの。「いつもながらコーラスが素晴らしいですね」と言うと、「ありがとうございます。リハーサルではけっこうダメ出しもしていたんですよ」と。「わざわざ京都まで来られているんですね」と感心すると、「当然です」と。名前がクレジットされているのだから当たり前ではあるけれど。しかしまあ、楽屋うちの賛辞ではなく、出番の直後に普通の観客が生の声を伝えるというのは、日本では珍しいことかも知れない。

オーケストラは京都市交響楽団、期待した割にはあまり生気が感じられないのが残念だ。園田隆一郎さんはベルカントものを得意とする人なので、ジングシュピールは勝手が違うのか。指揮者もオーケストラも東京の公演とは違うし、この日が初日だし、その加減もあるのかな。

さて、演出。大野和士新監督の最初の演目で、ウィリアム・ケントリッジの演出は前宣伝が行き届いていたようだが、実際に眼にした限り大してインパクトがない舞台だった。ドローイング主体のプロジェクションが売り物で、動物や天体、そして図形が紗幕に描かれるのだが、登場人物の演技の補完的説明になったりする一方で、何を象徴するのか理解に苦しむアニメーションも多い。魔笛の音につられて踊り出す動物がサイ、逆立ちしたりでんぐり返りするアニメが映される。かと思えばサイの密漁のフィルムが流れたりする。演出家が南アフリカ出身ということなので、野生動物保護のメッセージを込めているのだと思うのだが、オペラの本筋とは関係なさそう。

京都会館、じゃなかったロームシアターでの「高校生のためのオペラ鑑賞教室」では、これまでの尼崎との細かな違いに気付く。この公演は若い世代にオペラの面白さを知ってもらい、将来の聴き手を増やすという趣旨なので、学校教育の一環として平日の開催になるのは致し方ない。しかし、私のように観たい聴きたい人間もいるから、ある程度は一般客も入れる。尼崎では残席のある場合のみ当日券を販売していたが、京都では予め一定数を前売りしている。わざわざ京都まで出かけて売り切れだとガックリなので、これはありがたい。そして、その一般売りの数も多い(両サイドのバルコニーには入れていなかったのでチケットはもっと出せる)。私が座った3階席は後方の何列かを一般客に割り当てていた。4階も同様なのだろうか。可笑しいのは前列の高校生との間の一列がすっかり空いている。これは緩衝ゾーンか非武装中立地帯か、どういう配慮なんだろう。会場には20年続くこの催しのパネル展示があったから、その間にいろいろなノウハウが蓄積したのだろう。一般客の扱いもきっとそうだ。拍手の仕方、タイミング、ときには掛け声、初めてオペラを観る高校生や引率の先生に、劇場の作法や雰囲気を教えるのは一般客(この公演にやって来るのは相当なマニア)だから、サクラじゃないがそれなりの意味がある。まあビジターチームの応援団みたいなものか。第1幕ではアリアのあともオーケストラを止めることはなかったが、第2幕になるとごく普通のポーズに近づいたのはその証左だろう。

ジャンルのトップメニューに戻る

inserted by FC2 system